選考委員・講評

小説部門

中村 喬次(なかむら きょうじ)

1939年奄美大島生まれ。南海日日新聞社記者をへて琉球新報社記者へ。宮古、八重山支局長。文化部デスク、出版部長。2000年退転。新報カルチャーセンター講師を務める。小説「スク鳴り」で第22回九州芸術祭文学賞受賞。南海日日新聞に小説「雪乞いらぷそ」連載。「ちんだみ随想」連載中。著書「南島遡行」(海風社)、「琉球弧 あまくま語り」(南方新社)、「唄う舟大工」(南日本新聞社)

講評

小説部門

思春期の出口探し

 粒ぞろいの佳作のなかで、「1号線、5号線、58号線」は大粒の果実というべきで、一席とするのにだれも異存はなかった。戦後の沖縄受難史と、女たちのなめた辛酸が、重層的な<時間>構成のなかに浮き彫りになる。その巧緻な技量に脱帽する。あえて苦言を呈するなら、このタイトル、どうにかならないものか。

 私は他に「敗者復活戦」を推した。学園小説お定まりの対立、いやがらせ、いじめがあり、教師への不信と反抗もあるが、悪玉(ワル)を含めて思春期特有の“出口探し“であってみれば、心はどこまでも寛容になれる。

 物語は、中学校最後の新学期。舞台の設定は特にない。沖縄の「お」の字も出てこないが、何ら違和感なしに読める。そこがフィクションの強みだ。普遍性こそ小説の真髄だから。
 その生徒にも、新学期のクラスは、ひとつの混沌。混沌の海から波長の合う仲間を探り出し、グループを形成してゆく。語り手の僕=藤崎直登の仲間は四人。あだ名もまた親愛の符丁だから必然のもので、お互いをその符丁で呼び合う。昆虫好きのハカセ、歴史好きのヒーロー、スケベのオタクン、そして僕はガリ勉。
 父親の権力を笠に、悪どい悪戯を繰り返す原とオタクンがある日、取っ組みあいのけんかをする。止めに入った僕は内心の声の命ずるまま一発、原の顔面に拳骨をくれる。このことで担任の望月がもっともらしい訓戒を垂れるが、学歴至上主義のエリート教師に激しい不信感を抱く僕には、単なる嫌がらせとしか聞こえない。多感な年ごろが嗅ぎとる大人の偽善、と言えばよいか。反対に、信頼できる人に出会うと、過剰な傾倒を示す。街のカウンセラー、三浦先生に寄せる敬愛の心情にそれが表れる。

 物語の白眉は、新学期恒例のビデオコンテスト大会。出品作をめぐるトークと作業の条(くだり)はまさにメイキング・オブ―。かれらが目をきらきらさせてアイデアを出し合い、議論し、トントン拍子で具体化してゆくクレッセンドは読者をわくわくさせる。
 エンディングの、三浦先生との<別れ>と回想も余韻を引く。文章表現にまわりくどさや重複など難点があるが、それらは推敲を重ねることで解消するだろう。原の“改心“が分かりにくいとの指摘が出たが、学園小説にありがちな予定調和を避けたかったのか。でもこれは一服の清涼剤。

閉じる

田場 美津子(たば みつこ)

1947年沖縄県浦添市出身。琉球大学短大部法政科卒。第5回新沖縄文学賞佳作、第4回海燕新人文学賞、第22回沖縄タイムス芸術選賞奨励賞。
著書『仮眠室』-福武書店刊、『さとうきび畑』-出版舎Mugen刊。

講評

小説部門

 三名の選考委員が一致して「1号線、5号線、58号線」を一席に選んだ。養母が殺害された謎を解くため、実母の行方を尋ねて米国へ行く、還暦過ぎの沖縄ジジイが主人公。母たちが生きた終戦直後から米国統治下の琉球そして沖縄という、時代変遷が巧みに織り込まれた上出来のミステリーだ。

 琉球政府の頃、国費自費試験は超難関で、合格者は東大にだって入学できた。そのインテリぶりの表現のため、漢字にフリガナをつけたり英語を書いたりしたのだろうか。国費自費というより米国留学帰りみたいで些か気になった。だが、「俺」と自称するワルっぽさや、七面鳥の喉のような弛みを震わせて時代劇みたいなセリフを言うキャロルや、巨体で車椅子の元サンディエゴ郡立図書館長のマリーなど、魅力的な登場人物たちが喚起力のある文章によってイキイキと浮かびあがり、読み応え満点だった。達筆で厚化粧のアケミが高級将校のハニーになって渡米し、メキシコ大学を卒業後、日本国法務省の対在日米軍渉外副次官、西武門晴子へと変貌する人生を、その確かな筆力で描き出し『人間の証明』ににているなどと言わせないような続編の執筆を切望する。
 沖縄県知事賞は男性だが、二席と佳作の二篇には二十代から三十代の女性が三名も選ばれた。同性として心強く、一席を目指せる今後に期待している。

 今年の応募総数は四十篇。その三分の一を一次選考した読後感を述べ、次回応募へのエールやヒントとして各人に贈りたい。

『ウシの木』戦争のドサクサに紛れた殺人を謎解きミステリーにした才知が光る。
『命との距離』食肉家畜の屠殺場の有様を初めて知って驚愕した。
『おきなわの一週間』娘に同居を打診する母が想像した体験ツアーに参加したくなった。
『ある日の記憶もファンタジー』スモールヒージャーが見たいほど素敵な描写力だ。
『人波』人魚が男性との発想はユニークで人並優れている。
『記憶の鍵』歴史上の人物のリアルな感情表現に感心した。
『ぼくらの英国ハリネズミ戦記』ハリネズミ対妖狐軍の戦闘のように沖縄島の地上戦の戦記も書いてほしい。
『忘れないで』夢や希望を文字で書く創作には老化に怯まない心意気がある。
『母の崩壊』個人主義を貫いた母親が登場する後半だけでも小説になりえる。
『疑心暗鬼』産む性である妻の強みは夫の弱みなのか、DNA検査をためらう心こそ暗鬼だ。

閉じる

宮城 一春(みやぎ かずはる)

1961年沖縄県那覇市生まれ。編集者、ライター、沖縄本書評家。幾つかの沖縄県内の出版社、印刷会社出版部勤務を経て現在に至る。沖縄関連のコラム・書評・論説などを新聞・書籍で発表している。

講評

小説部門

 今年の小説部門の応募は四〇作品。その中から、私の担当した第一次選考作品は一四作。
 今年の特徴はタイムスリップものや学園もの、そして主人公が神がかりする作品が大半を占めた。それは作者の年齢層が若年化したことと無関係ではないように思えるが、小説を描く上で、沖縄という素材が新しい局面に入ったように思えてならない。主題が多様化してきたことだけは確かである。
 また、プロットを考えた上で、推敲を重ね、きちんとした作品に仕上げた作者がいる反面、最初のプロットのみで書きあげ、さらには自らの考えを押し付けるような作品があったのは事実。両者のレベルの違いが明確に表れていた。応募する際には推敲を重ね、熟度の高い作品に仕上げることを勧めたい。

 それでは私が印象に残り、選んだ作品から挙げていくことにする。
 まず『非ルートビア同盟』。女子高校生の日常が、登場人物たちの会話を通して描かれ、秀逸であった。テンポも良い。人それぞれの事情があり、全てが同じではないという主題もしっかりと書かれている。特に、貧困の中から将来の目標を設定し、それに向かって努力する良子、知的に問題はないものの読み書きの能力に著しい困難を持つディスレクシアの雪花、それを次第に認めていく主人公のすずえの心の動きが描かれていた。高校生の日常と葛藤、将来への漠然とした不安など読ませる内容であった。ただ、タイトルには不満が残る。一考を促したい。

 次に『やさしい指』。厳しい職場環境の中、対人関係に翻弄される主人公と、どんな人にも優しく柔らかい視点で対応する薄井。そんな薄井に魅かれながら、意識変革をしていく主人公・宮城ワカバの心の動きがテンポよく描かれている。対照的な人物として登場するナナも、人間関係の難しさを浮き彫りにしていく。よい人物配置だと思えた。ラストの余韻も良く、純愛小説として、きちんと成り立っている作品であった。

 惜しくも選に洩れたが、印象に残った作品に『大きいおばあのまあるい月』がある。主人公正晴が祖母・サキの戦争体験を追体験することによって、戦争の不条理さを描いている。タイムスリップする内容の小説だが、破たんすることなくラストを迎えている。魅力的な作品であることは間違いない。

閉じる

ページの先頭へ

シナリオ・戯曲部門

砂川 敦志(すながわ あつし)

1974年、沖縄県出身。東放学園放送専門学校・放送芸術科を卒業後、深作健太、篠原哲雄、金子修介、崔洋一の作品に助監督として参加。
舞台「赤い丘」の演出と脚本、短編映画「うんじゅぬ花道」を山城知佳子と共同で監督・脚本を担当する。

講評

シナリオ・戯曲部門

 今年から審査員として参加することになり、応募された皆様の作品の多様性と社会性のある内容に驚いたとともに、私たちが住む沖縄について書かれているという実感が感じられる作品が応募された。

 受賞した「ちょーちか ちょーちか」は全編ウチナーグチで貫かれており、環境問題や沖縄戦から続く「政治的に巻き込まれていく」島民の抵抗をユーモアを交えた長編であった。
 また「沖縄戦を語り継ぐのはわるいことか?」は沖縄戦の証言とは?戦を語り継ぐこととは、どういうことなのか?また、語る側の苦悩、聞く側の理解とは?これから沖縄戦を継承していく私たちの大きな課題を投げかけてくれる作品であった。
 「私たちの空」は女子高生の恋話から、過去の人物や戦時中の回想を通じて、宮森小学校の墜落事故のことを3部構成の戯曲でシンクロさせて、大変読みやすく、すぐにでも演劇化できそうな軽快な語り口の台本であった。

 受賞作品の多彩な、多様な物語に感動した。また、今回の受賞ができなかった作品の中には、働く若い女性の独白形式で語られる日常の「いざこざ」や社会的不満をグッと胸に押し込んで「自分として、自分の生き方で生きて行く」という今の沖縄を肌に感じられる力作や、不良の男たちのくだらない、何も起きない日常が延々と続き今の沖縄の喪失感がにじみ出る作品や、時空を行き来するラブストーリーなど、アイデアあふれる作品があった。

 応募された皆様の物語は、きっと生み出すまで、様々な思いや、とてもとても長い道のりを経て物語に構成され、作品に至ったと思われる。その応募者全員の信念に敬意を表したい。こんなにも多彩な物語が生まれるのは、「沖縄に住む私たちの物語」を求めている現れなのだと思う。また、その沖縄に対する思いを舞台や映像にし、様々な人と共有したいと願っているからこそ応募されたのだと感じた。

 私自身、何十本もの台本が映画やテレビの映像に作り上げられていく過程をみてきました。文字や言葉が、映像や芝居に変換され、観客と共に、新たな解釈と希望を得た時、皆様の作品が本当の意味で完成するのだと思います。
 今回受賞された皆様含め、いままで応募された皆様がこれからも「沖縄」を思考し、書き続けて行くためには、将来的に受賞作品を舞台化・映像化に向けて動き出せるような働きかけを各業界にしていく必要もあると感じました。

閉じる

富田 めぐみ(とみた めぐみ)

八重瀬町出身。地域の祭祀を司るノロの家に生まれる。琉球芸能の魅力を伝えるため、老若男女に親しみやすく楽しい舞台作品を創作。琉球芸能大使館代表。沖縄県文化芸術振興審議会委員。国立劇場おきなわ公演事業委員。

講評

シナリオ・戯曲部門

 今年は、粒揃いでした。最終選考まで残したいと思える作品が多く苦心しましたが、よい作品は何度読んでもよいものです。一席を出すことはできませんでしたが、多くの才能の存在を感じることができた嬉しい年でした。

 二席「ちょーちか ちょーちか」は、島言葉表現の豊かさを感じさせてくれる作品です。ネイティブが少なくなる中、ここまで自在に島言葉を用い、また、ユーモアのオブラートに包まれているものの、強烈なメッセージを込めて作品として成立させている力量に感服しました。登場人物がやや多いのはご愛敬で、チャーミングなキャラクター達ばかり。舞台化すると、子どもたちの言葉遊びや、禅問答のような会話がよいリズム感を与えてくれるでしょう。奔放に書き進める中で沖縄の深部を描くことに成功していますが、訴えたいメッセージを冷静に俯瞰できると、更に大きなエネルギーを持った作品になることでしょう。

 佳作の3作品について。
 「私たちの空」は、宮森小米軍機墜落事故に着想を得て、被害者、加害者、事故後の生存者の気持ちを想像して書いた3部作。加害者側から描いた2話目が気になります。パントマイムを取り入れたアイディアや、親子二代に渡る設定はよいのですが、ステレオタイプの戦争の描き方、表面的、説明的な会話が残念。独自の芝居センスを生かして、独自の表現への躍進を期待します。

 「おならの理屈」は、ありふれた日常の中にある人間模様を描いたシナリオ。時間経過の中で、繰り返し登場するモチーフが効果的です。ただ、映像化を想定すると物足りなさを感じます。どこかで観たような、〇〇風で終わるのが惜しい作品。サラサラと流れるような表現の中に、深く心に留まるものを織り込めるように感じます。

 『「沖縄戦を語り継ぐのは悪いことか?」にまつわる女性三世代各々の暮らし』は、戦争体験を語る側の負担、受け継ぐ側の姿勢を問う作品。都合よく電話がかかってきたり、都合よく同郷だったりなどの展開は一捻り欲しいところ。「謎の黒い人」の存在は秀逸!重要なテーマだからこそユーモアを交えて描いているところ、オチも沖縄的でお見事。

 ご自分の世界を戯曲・シナリオとして具現化した全応募者を讃えたいと思います。舞台化、映像化が至近距離にあると感じる作品も数多くありました。文字から立ち上がる時に得られるものも多いはずなので、更に飛躍されることを祈ります。

閉じる

ページの先頭へ

随筆部門

嘉手川 学(かでかわ まなぶ)

沖縄県那覇市生まれ。オキナワふうどライター。泡盛新聞編集委員。沖縄のタウン誌の草分け「月刊おきなわJOHO」の創刊メンバーとして参画。歴史や文化、カルチャー、音楽など、幅広い沖縄ネタを扱う。
「月刊おきなわJOHO」では食べ物コーナーを20年近く担当。沖縄の食堂と沖縄そばと島豆腐と泡盛をこよなく愛す。
編著・著書に「沖縄チャンプルー事典」(山と渓谷社)、「嘉手川学のすばナビデラックス」「嘉手川学の古食堂味巡り」(東洋企画)、共書に「沖縄大衆食堂」、「笑う沖縄ごはん」(双葉社)、「沖縄食堂」(生活情報センター)など。

講評

随筆部門

命と絆が目立った随筆部門

 今回の応募作を見て感じたことは生きることや亡くなった人への思いなどの「命」と、親子や姉妹の日々の暮らしなど「絆」を題材としたものが多いということだった。応募者の年齢も比較的高く、人生経験が豊富な分だけ落ち着いたトーンの文章が目に付いた。個人的には若い人たちのはじけるような、文章の上手さよりパワー溢れる文体を期待していたのだが、意外と若い人たちのほうが落着いたテーマでしっかりとした文章を書いていた。
 選考するにあたってボクは自分の中に四つの基準を持って選考をした。一つ目は読み始めがどれだけ読みやすいか。二つ目はテーマと書いた本人との距離感、どれだけ身近で起きたことか、三つ目に読んだ文章が映像として見えてくるか、そして最後に書いた人の意図が読み手に伝わるかということである。この基準を持って何度か読み返しすことで、作品を選出した。
 県知事賞の「行き先」は、認知症になった父親を心配しながらもその行動に怒りつつ、それでも見守っている息子(筆者)の気持ちがよく表れていた。昼夜問わず徘徊する父親が夜明け前に「家に帰る」といって家を出て、その後ろを見守って歩く筆者の光景が目に浮かび、点灯していない信号機の前で立ち止まった父親がいきなり筆者の手をつないで横断歩道を渡ったくだりは、父親には筆者が幼い息子に見えたのではないかと想像させられた。そして最後の行を読み終えたときは、短編のノンフィクションを読んだ気持ちになっていた。

 二席の「春立ちぬ」は孫の世話をする筆者(女性)と妹のランチタイムで、食事をしながら若くして姉妹を含めた幼い6人の子どもを残して逝った絵の才能に恵まれた父の思い出話がメイン。父の残した絵がなくなった悔しさやその才能を妹やその子どもたちに受け継がれている話が、春風を受けて光り輝くような文章で描かれていた。

 個人的に好きだったのは、佳作の「酔っぱらいのひとりごと」。一人酒をしながら亡くなったご主人を思い天井に話しかけるシーンは、酒を飲まなかったけれど、親父が死んだあとテレビを見ながら「父ちゃんもあんなだったよね」と独り言のように呟いていたお袋を思い出し、息子や娘と違って『伴侶』という存在を考えさせる作品だった。読んだあとにボクも何年後かに女房を悲しませてしまうのかなと思ってしまった。

 今回、選考委員として最終的に読み終えたあとに考えさせられたり、心に引っかかってしまった作品の選出となったのであった。

閉じる

トーマ・ヒロコ(とーま・ひろこ)

1982年沖縄県浦添市生まれ。詩人。「詩誌1999」同人。2009年詩集「ひとりカレンダー」(ボーダーインク)で第32回山之口貘賞受賞。詩やコラムの執筆のほか、ポエトリーリーディングにも取り組んでいる。

講評

随筆部門

時代を映す作品と新たな光

 今回からもう1名の選考委員が新城和博さんから嘉手川学さんにバトンタッチされ、選考会がどういった雰囲気になるのか、多少緊張しながら臨んだ。
 今回は若い世代からの応募が少なかった。中高生からの応募は極端に少なかった。受賞作はふたを開けてみると、7名中6名が50代以上の方である。やはり時代が感じられる作品、戦後史が垣間見られるような作品は強い。そんな中、佳作に20代の筆者による「お盆」を選出できたことが収穫だった。

 一席「行き先」。徘徊する父について行く筆者が、父に手を引かれる不思議な体験。作品全体に静けさ、重さがある。読谷という土地と父の沖縄戦にまつわる描写も、作品をより重厚なものにしている。父は自身の言葉通り家に帰るというラストも良い。

 二席「春立ちぬ」。妹とホテルランチをする中で、水彩画を始めたという妹の告白、絵を描いていた父の絵は残っていないが、妹に引き継がれていることが展開していき、非常に読みごたえがあった。

 佳作「お盆」。今回、最も心惹かれた作品。母の兄である〈ひとしおじちゃん〉にまつわるお話。私にも会ったことのない祖父や伯父がいるが、筆者ほどその存在に親近感を持っているわけではない。〈ひとしおじちゃん〉に会えないことにこっそりふてくされる描写が魅力的であり、〈ひとしおじちゃん〉がなぜ亡くなったのか明かすタイミングも良かった。

 佳作「自動販売機攻略」。今はない方式のコーラの自動販売機と、どうしたらコーラをただで飲めるのか、という少年たちの工夫。その時代性、オチもあるストーリー性が良かった。

 佳作「別世界に旅立った妹」。がんと闘った妹の話で、筆者と妹の誠実な人柄が伝わってくる作品。妹の遺影に向かって話しかける〈病室で仲良くなった牧志さんに会えた?〉という言葉が優しさに溢れ印象に残った。

 佳作「那覇の町に生まれて」那覇に住む人にとっての、三越の存在の大きさを改めて思い知らされた。筆者の青春時代の那覇の街並みが見えるように描写されている。自身の話より描写の割合が多いのが気になった。ラストの鳳凰木の描写も良かった。

 佳作「酔っぱらいのひとりごと」亡くなった夫を想ってお酒を飲む。天井と話をするという独特さ、話し言葉の軽妙さ、正直で小粋な感じが良い。

 選外となったが、「延命治療が繋ぐもの」「キャッチボール」「初めてのビーフ・ステーキ」「恋文」も良かった。

閉じる

ページの先頭へ

詩部門

宮城 隆尋(みやぎ たかひろ)

1980年那覇市生まれ。1999年、詩集「盲目」(98年、私家版)で第22回山之口貘賞を受賞。ほか沖縄タイムス芸術選賞奨励賞など受賞。詩集に「ゆいまーるツアー」(2009年、土曜美術社出版販売)など。

講評

詩部門

詩集を

 第13回おきなわ文学賞の詩部門には62編の応募があった。最も少なかった昨年より10編増えた。今回も一席を出せなかったのは残念だったが、激しく心を揺さぶられるいくつかの詩に出会うことができた。
 入選作については仲村渠芳江さんに評していただく。特にわたしが推したのは「方舟記」(とうてつ)。模範的であろうとする自己と、内面に正対しようとする自己の葛藤を、相反する言葉の組み合わせで表現しているのだろう。わたしはこの人の詩集を読みたい。

 ほか選考会で入賞候補に挙がったのは「夜のキャラバン」(とうてつ)、「仮想前夜」(同)、「影」(玉城琉舞)、「カレー店」(真壁真治)、「海は」(同)、「アトムの嘆き」(高柴三聞)、「問診」(栄徳篤)、「前田高地」(照屋ゆうこ)、「明日」(東由希恵)の9作品だ。候補に推すことはできなかったが、わたしが気になった作品に「アンパラソル」(河野水穂)、「種の詩」(元澤一樹)もあった。選外にはなったが、これらの作品にもそれぞれ光る詩行があった。
 応募作に既発表作品が含まれていたのは残念だった。おきなわ文学賞は今回から、点字による作品も受け付けている。今回の詩部門には応
 これまでおきなわ文学賞の詩部門入賞者のうち、仲村渠芳江さん、トーマ・ヒロコさん、西原裕美さんが書きためた作品を詩集として発行し、山之口貘賞を受賞した。現代詩の賞は詩集を対象としたものが多い。特に沖縄は地元の新聞や雑誌に投稿欄がなく、詩壇の入り口が閉ざされたような状況が長く続いた。おきなわ文学賞は応募料こそ必要だが、詩集を出さなくとも作品単体で応募できる。その間口の広さによって、この13年間で多くの書き手を送り出してきた。沖縄の現代詩にとって、おきなわ文学賞の存在はさらに大きくなっていくはずだ。詩壇が豊かさを増すためにも、今後も多くの人に応募してほしい。

 そして今回の入賞者、これまでの入賞者にはぜひ詩を書き続け、詩集を出してほしい。装丁にもよるが、5万円でも詩集は出せる。詩集にすれば、書き手の生み出す世界がより立体的に読者の眼前に姿を現す。それを北海道の人が読むかもしれない。アルゼンチンの人が読み、心を揺さぶられるかもしれない。百年後の人が読み、触発されて詩を書くかもしれない。詩集を世に問う時、おきなわ文学賞に入選したという事実が、力強く背を押してくれるはずだ。

閉じる

仲村渠 芳江(なかんだかり よしえ)

大阪文学学校通教部研究科退籍。第一回おきなわ文学賞詩部門一席受賞、第三十回山之口貘賞受賞。おきなわ文学賞詩部門への期待は『おいしいをずっと。あたらしいをもっと。』* でしょうか。(*吉●家コピー)

講評

詩部門

読む愉しみ

 詩の読み方にマニュアルはない(あればつまらなくなるだろう)。私は詩行の妙味を味蕾で感じ取るが、そのことを大切にしている。意味はわからないが面白い、そんな舌触りも読む愉しみのひとつだ。

一席 該当作品なし
二席 【魔物(マジムン)】   鈴木小すみれ
風景が一変するような五連や、最終連の着地の巧さに魅かれ読み返してみる。「獅子」とは、「魔物」とは何だろう。日米安保や沖縄の置かれた状況が浮かび「獅子=米軍」「魔物=仮想敵国」だと、わかった。妙な表現だが、「わかった!」としか言いようがない。突然、視界が開けた感じに似ている。作者の主題とは違うかも知れないが、それでよい。多様な解釈ができることは詩の表現特性でありその作品の懐の深さでもある。

佳作四作品

【方舟忌】   とうてつ
三連や最終連から書くことの切実さがひしと伝わる。独特の比喩表現を持つ不思議なわからなさのある詩である。わからなさは作品を際立たせ、言い回しに読者の想像力が加わることでより多様なイメージが浮かぶといわれるが、そのような魅力を内包している。

一、【掌中のりんご】   うらか
比喩が効いた軽妙な筆致で構成もしっかりしている。くすっと笑い大いに共感した。

一、【夜に咲いたひと】   あさとよしや
死んだ川田さんの幻影と僕との間にある一本の糸のようなエロスが物語を貫く。 十三連の最終行〈この世で一番美しいものが咲いていた〉とは、どういうことだろうか。
平易な詩行がここで突然わからなくなる。立ちどまり味わう読みの愉しみがある。

一、【父さん】   沢口リリキ
映像がくっきり結ばれ悲しみが迫ってくる。〈冗談や毒舌という非力な傘で/隠すしかなった〉や〈波は絶え間なく まるで/あなたのいのちの脈動のように/勇ましかった〉などの表現に感服した。

奨励賞 【麦わらぼうし】   金城孝英
「クラリネットこわしちゃった」を彷彿させる書き出しだが主題は全くことなる。
おじいちゃんは逝ってしまったのだろうか、想像の奥行がある七歳の詩。

 選外に地力が垣間みえる作品が何篇かあった。本木隼人の〈撃たれたように大の字で寝る〉という詩行に興奮したことは記しておきたい。他に国吉真治「海は」高柴三門「アトムの嘆き」照屋ゆうこ「前田高地」を私は最終選考に残した。受賞作品も含めて、行の配置を変える・言葉を削るなど、まだ推敲は必要だ。自己読解の厳しさを持ち屹立した一篇の詩へ育てあげて欲しい。

閉じる

ページの先頭へ

琉歌部門

新垣 俊道(あらかき としみち)

沖縄県立芸術大学非常勤講師、沖縄伝統組踊「子の会」会長、沖縄県立芸術大学大学院舞台芸術専攻修了、国立劇場おきなわ第一期組踊研修修了、国立劇場おきなわなど県内外の伝統芸能公演に多く出演する。

講評

琉歌部門

 今年度の琉歌部門の応募者は16人で、応募者それぞれ3〜5首、計73首の応募があった。14歳から80代と幅広い方々の応募があり様々なテーマの作品が集まった。毎回ながら作品を読み込むほど作者の思いや思想、秀作に気づくなど選別の難しさを痛感させられた。

 一席には最高齢者である神里千代子さんの1首が選ばれた。無邪気に遊ぶ子供達の様子を穏やかな表情で眺める姿が想像できる。幼い頃の記憶が蘇り、友人と遊び戯れる懐かしい時代を偲ぶ心情が伝わってくる。生活様式や風景は変われども、子供達が遊ぶ様はいつの世でも変わらないという、時代を超えた普遍性を感じさせる心温まる作品である。

 二席には前原武光さんの1首が選ばれた。庭の草花を真心込めて育てる作者の姿が伝わってくる。第二句の「愛しや」からは、一つ一つの花々に言葉を掛けるように育てる心優しさが感じられる。私も幼い頃、母親から「草花に水を与える際は、優しい言葉を掛けなさい」という教えを思い出したものである。愛情いっぱいに育った草花が美しく咲いている様子が目に浮かぶ。第四句の「花のなさけ」は、植物でさえも魂や心が宿り情けがあるという人間味溢れた表現が印象的である。

 佳作には2名が選ばれた。源河史都子さんは1首が選ばれた。辺戸の松並木を訪れたが、そこには誰も居ない寂寥感が伝わってくる。しかし寂しさは束の間、ふと地面に落ちている松の葉を見ると、黄金ムシロのような美しい情景に気づき感動する様子が想像できる。松並木ではなく、落ち葉の美しさに気づいた作者の豊かな感性を感じる。謝花秀子さんは1首が選ばれた。クーラーといった快適な空調設備がない時代を懐かしく回顧する様子が伝わってくる。当時、クバ扇は暑さを和らげる唯一の道具であった。クバ扇であやす母の温もりを感じると同時に、「ガサガサ」と扇ぐ際に響く音も聞こえてきそうな夏の風情を感じさせてくれる。クバ扇を知る者にとっては、当時の夏の風物詩として思い出すことであろう。

 今年度は幅広い年齢層の方の応募があり大変喜ばしかった。しかし、応募者が激減しており過去最も少ない数字となっていることに危機感を抱いている。他の琉歌審査会などでは多くの応募があり、連動してぜひ同賞にも応募して頂きたい。また伝統芸能に携わる方も多くいるので、ぜひ琉歌にも興味を持っていただき応募されることを期待したい。

閉じる

宮城 鷹夫(みやぎ たかお)

1923年、沖縄県佐敷町(現南城市)出身。ジャーナリスト、沖縄県文化協会顧問。
長く文化活動に関わり、沖縄県文化協会、沖縄県南部連合文化協会などの設立にかかわり文化運動を推進。沖縄県文化功労賞(2001年)、文部科学大臣賞(2004年)。

講評

琉歌部門

 琉歌は沖縄の人たちの感情表現です。和歌と異なり、三線や箏の曲にのせて歌うことが多いので「節歌」(8・6調)ともいわれます。愛情を表す歌、心のふれあいを求める歌の素材は、シマの隅々にあるはずです。歴史や文化を大切にしながら、現代人の魂にやさしく語りかけてくれる琉歌に焦点を当てて評してみました。

 一席 沖縄県知事賞 神里千代子さん
 子どもたちへの心
 無心に遊ぶ子どもたち。目を細めて童心の素直さに見入る姿が目に浮かびます。「童神」といわれますが、未来を背負う子どもたちへの期待を込めた、すばらしい表現です。

 二席 沖縄県文化振興会理事長賞 前原武光さん
 本音が生きる歌
 琉歌のこころを集約したような歌です。8・6調の流れもきれいです。想念の広がりを感じさせてくれます。思わず手を打ってしまいました。

 佳作 源河史都子さん
 胸の思いが甦る
 人情の機微にも敏感な作品です。松並木や岩陰に想念の世界の広がりを与えてくれます。自ずと心洗われるような歌心を感じました。語呂もよく、いい歌です。

 佳作 謝花秀子さん
 照りつける太陽
 夏は暑い。当たり前のことですが、自然の摂理であっても、朝夕眺めれば涼とともに詩心が湧いてくるのでしょう。太陽を恨まず、楽しい夏にしましょう。

閉じる

ページの先頭へ

短歌部門

佐藤 モニカ(さとう モニカ)

歌人・小説家
竹柏会「心の花」所属
2010年 第21回(本阿弥書店)「歌壇賞」次席
2011年 第22回(本阿弥書店)「歌壇賞」受賞
2014年 第39回「新沖縄文学賞」受賞
2015年 第45回「九州芸術祭文学賞」最優秀賞受賞
2016年 第50回「沖縄タイムス芸術選賞」奨励賞受賞
2017年 第40回「山之口貘賞」受賞
著書 詩集『サントス港』 歌集『夏の領域』

講評

短歌部門

そして愛があった

 応募数は三十六点。昨年の一席は高校生であったが、今年の一席は八十二歳。短歌部門では過去最年長となる。うれしいことだ。この幅の広さ、豊かさがおきなわ文学賞の魅力ではないかと思う。優れた新人は必ずしも若い人とは限らない。それを今年のおきなわ文学賞の短歌部門が証明してくれた。

 私は以前より若い人もいいけれど、短歌は齢を重ねた60歳以降がさらにいいと言ってまわっている。今回の受賞者はまさにその、齢を重ねた方々であった。味わい深い連作の数々を堪能させてもらった。
 まず一席の与久田正徳さんの「夜の花々」は妻の新盆について詠んだ作である。「サガリ花妻が好きだと言った花つぎつぎ咲いて月は欠けゆく」「月に向き顔の大きさほどに咲くドラゴンフルーツ朝まで香る」今回の応募作の中でひときわ輝きも香りも放っていた。なにより歌としての豊かさ、ふくよかさがあった。作者の繊細な感性に触れ、さらに在りし日のこの夫婦の姿まで浮かんでくるような、美しく、愛を感じさせる一連である。挽歌であるとともにこれは亡き妻へささげるラブレター(相聞歌)なのだ。

 一方、二席の佐々木正栄さんは故郷である青森への愛を綴った連作であった。「ちちははの暮らすみちのく雪の町スルメがとどく林檎がとどく」のリフレインのあたたかさはどうだろう。見事である。「雪んこや赫(かがや)くいのち木守柿白いちめんの辺境の村」も絵画的である。

 佳作の仲里博恵さんの母への挽歌も光っていた。四首目にぽんとボランティアの歌を入れたのも効いていた。
 仲本恵子さんの「花の陰で」は「検体の更新終へて夫の手は水上げを待つ地産の薔薇へ」の一首が良かった。
 東恩納清さんは納骨の場面を詠まれている。淡々と詠まれているようで、しかし余韻の残る作であった。
 惜しくも入賞は果たさなかったものの、印象に残った歌は他にも数多くあった。「読み直す『シモーヌ・ヴェイユ』心身を痛めてもなお抗いし人」(伊志嶺節子さん)、「四季の富士絞りに描き染め上げる着物の奥より風吹き抜ける」(仲間節子さん)、「幸あれと祈るがに見ゆ亀石は二つ顔持ち与論港に立つ」(田島涼子さん)、「昨日は夫今日は私の顔になる娘愛さん明日も笑え」(波照間千夏さん)、「療養の夫を残して行く朝の家すっぽりときびに隠れて」(新垣幸恵さん)。
 こうしたコンクールの場合、一首一首の精度の高さはもちろんのことだが、連作としての完成度が問われる。今年の一席二席にはそれに加え、歌としての豊かさ、そして愛があった。

閉じる

永吉 京子(ながよし きょうこ)

1988年比嘉美智子に師事。
1995年「花ゆうな短歌会」結成に加わる。
1996年「未来」入会、近藤芳美に師事。
2005年桜井登世子に師事。
2009年歌集『若葉萌ゆ』刊。
2016年日本歌人クラブ九州ブロック沖縄県幹事。
現代歌人協会会員。

講評

短歌部門

 選考後に作者名を知ることになるが、先ず一席の与久田作品はすぐに決まった。妻の新盆と「夜に咲く花」の照応がよく、中でも「サガリ花妻が好きだと言った花つぎつぎ咲いて月は欠けゆく」の結句「月は欠けゆく」が哀感を誘う。「ゆく」は「逝く」であり妻のいない寂しさを、湿っぽくならず淡々と詠まれた一連に心ひかれた。三首目の「ウークイの」は「エイサーの」とした方が分かりやすかったかも知れない。

 二席の佐々木作品の連作はよくまとまっており、「スルメがとどく林檎がとどく」の口語調のリフレインが望郷の思いを醸す。

 佳作の東恩納作品は「納骨の儀」を細かに描写し、沖縄独特の風習を詩情を失わず情報として読者に伝える役目を果たした。沖縄語(うちなーぐち)の「シルヒラシ」が効いている。

 同じく佳作の仲本作品は、個人史のような雰囲気をもつ連作で最後の「検体の更新終へて夫の手は水上げを待つ地産の薔薇へ」の初句「検体の更新終へ」にインパクトがあり全体をピシッとしめた構成の妙を感じさせた。

 短歌の一首独立という点からみれば印象的な歌が多く、特に伊波瞳の「宿道の土は覚えているだろう琉球の雨の温みとにおい」「蝉声を聞きつつわれも歌を詠む生きゆくためのこころ震わせ」は心象と情景を交叉させ巧みだと思った。

 他にも「敗戦か終戦かの乖離埋めがたし空しき繕い八月十五日」や「読み直す『シモーヌ・ヴェイユ』心身を痛めてもなお抗いし人」の社会詠、「四季の富士絞りに描き染め上げる着物の奥より風吹き抜ける」の下句「着物の奥より風吹き抜ける」のフレーズ、「療養の夫を残して行く朝の家すっぽりときびに隠れて」の仄かな心揺らぎ、「蔓草を這ひめぐらせて夕べにはほっかりと咲く夕顔の花」の美しい情景描写など佳品が見られた。また、大学生で沖縄の現実を詠んだ一連もあり、もう少し丁寧に詠われるとすごい歌になると思う。次回も是非チャレンジしてほしい。

 最後に表記について。36作品中、正しい表記をしているのは24作品。短歌は原稿用紙の上からマスを空けずに一行に書く(勿論二行にまたがってもよい)のを常道としている。中学生、高校生の作品には、それがよく指導されているのがわかりほっとした。仮名遣や送り仮名も蔑ろにしてはいけない。清書の際はもう一度辞書で確認することが大切、私も師から言われていることである。

閉じる

ページの先頭へ

俳句部門

井波 未来(いは みらい)

県『人』副支社長・県俳人協会理事・県俳句協会理事・「第15回俳句in沖縄実行委員長」・著書・句集『禅宣言』・句集『心音』・アンソロジー「がんじゅう俳句でえびる」・共著「沖縄子ども俳句歳時記」。論文「超高齢化社会における生涯学習と図書館」・「超高齢者の生涯学習としての俳句創作と風土」。

講評

俳句部門

 今回初めて俳句部門を選考しました。選考委員が互いに推薦した作品を丁寧に確認し、入選作品を決定しました。

作品鑑賞。
 一席。全体的に普遍的な着眼があった。「終戦のボタンホールがずれて基地」。基地の現状を「終戦のボタンホールがずれて」と捉えたところに「ボタンをしっかりかけ直していけるのか?」と未来への問いかけと警鐘がある。また、「浜下りの螺鈿の綾を蹴るクレーン」の句。浜に生息している「貝」の齢となる「螺鈿の綾」、それを「蹴るクレーン」。育んできたものを失う悲しみが白浜と浜下りの喪失感である。

 二席。「花蘇鉄脈に怒りのボルテージ」。蘇鉄雌花の形は拳に似ているので「怒り」の形と捉えたのであろうか。先の大戦中、食料が無くなり「毒」を持つ蘇鉄の実を食べたという島人の苦悩が浮かんだ。「頸椎のまま寝転がる疣(いぼ)海鼠」の句。哺乳類の首の部分にある七個の椎骨。頸椎を持たない疣海鼠の疣疣は確かにごつごつとした頸椎のようである。

 佳作五作品。 「DNAねじり直すウークイ」親戚の一門が集う「ウークイ」はDNAの存在を強く感じる日、「ねじり直す」はやや強引。
「秋暑し国際通りの不発弾」戦後続く沖縄の現実。
「海神の懐熱き爬竜船」海神に守られて生きてきた島の風土がある。
「紅芋の切り口に似る宇宙かな」神秘的な紫はやはり宇宙の色。紅芋に宇宙空間の色彩を見つけた発想の飛躍。
「秋風に孤独吹かれて眠れぬ夜」創作を始めたばかりの初々しさと孤独の情念に浸る優雅さ。

 今回の選考に当たり、選考の主眼の差異を痛感した。五句一作品の応募であるが、五句すべてに佳句を揃えた作品は少ない。五句にテーマがあり五句の構成が作品の優劣の決め手になるような作品を期待したい。

 また、沖縄の風土と文学を捉えた上での選考の難しさがあった。前選考委員である三浦加代子氏が『はなうる』の評に井本農一氏の「風土と文学は『風土の側から考える』『文学の側から考える』という内面的な深い絡み合いをあきらかにするのでなければ文学研究としては無意味である」との言葉を抜粋して、「詩的空間構成を主にした佳句は多いが沖縄の風土と文学との交差は表層的である」と述べているが、確かに風土における歴史と文学性を真摯にうけとめる時代にきている。季語や土地の持つ「風土」の側から捉えた俳句と「詩的空間」を持つ文学の側から捉えた俳句が、五句作品に並ぶことを期待したい。

閉じる

金城 けい(きんじょう けい)

1991年 東京原爆忌俳句大会奨励賞受賞。
1993年 炎天寺青葉まつり記念俳句大会特選受賞。
1995年 沖縄タイムス芸術選賞文学部門(俳句)奨励賞受賞。
     NHKラジオ番組「ラジオ深夜便」の「ナイトエッセー」コーナーで
     「戦後50年・沖縄のくらし」を語る。
1997年 NHK「BS俳句王国」出演。
2015年 第1回世界俳句協会俳句コンテスト 第1位受賞。

著書 句集「回転ドア」「水の階段」「悲喜の器」
   詩集「サガリバナ幻想」「陽炎の記憶」

沖縄タイムス「タイムス俳壇」選者(1997年~2014年)

講評

俳句部門

 今年は、去年に比べて作品の応募が増えたことに、まずほっとした。年々増えてゆくことを期待して、今年度選ばれた作品について少しばかり述べてみたい。

一席 仲本 恵子
終戦のボタンホールがずれて基地
十五夜の兎の撫づる毬(トゲ)の地球
 第二次世界大戦の沖縄での惨劇極まる地上戦が終わり、県民の誰もが大きな痛手を負いながらも胸を撫で下ろしたに違いない。ところが、米軍が次から次へと土地を強制的に取り上げ、広大な基地を作ってしまった。そこを作者は、「ボタンホールがずれて」と表現したのである。大きな歴史を、「小さなボタンホール」に託した飛躍が見事だと思った。日常性を脱した作品。
「十五夜・・・」の作品。十五夜~兎~毬の連なりは、小さな動物の純心を地球が喰い物にしているよと言いたげな作品で、毬栗(いがぐり)の毬(トゲ)が、小動物だけでなく人間にも及んでいることを兎に語らせ、意味の深さを感じさせた観察眼の効いた作品。

二席 本木 隼人
花蘇鉄脈に怒りのボルテージ
墓守の空整える蜻蛉かな
 「蘇鉄」の花は、雌雄異なった咲き方をする。そして、葉は線状になっていて光を受けて輝きを呈す。沖縄の現状の怒りを、蘇鉄の花や葉に視たと捉える。確かに、褐色の花はやがて炎と化すであろうことを感じ、葉の脈にもその膨らみを受け取った。「ボルテージ」が生きている。
「墓守の・・・」の句は、墓守のように空をきれいにしているという蜻蛉の愛らしい姿が目に浮かぶ。慰霊を感じさせる「墓守」と「蜻蛉」の取り合わせが効を奏している。

佳作 翁長 園子
眼薬や擦りガラスの海がある
魂の一滴(しずく)まで生きるICU
 沖縄の美しい自然界が何者かによって崩される。そこに住む我々の心をも蝕む。そういうことを作者は敏感に感じ取り、詠んだのだと思う。
「魂の・・・」の句は、「ICU」は生命維持装置を整えた特別な病室。そこで生命をつなぎ止めている人間の心模様を写し取った。「魂の一滴」がキラキラ光る作品。

 まだ他にも佳作があり、書き足りない気がしたが、紙面の都合で、又来年に繋いでいきたい。

閉じる

ページの先頭へ