第16回おきなわ文学賞入選作品

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【一般文芸部門】

【しまくとぅば文芸部門】

一般文芸部門

小説部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 校長室の秘密 金城 毅 糸満市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 矛先の行方 島袋 千尋 浦添市
佳作 わたしが若く美しくなくなっても 上地 庸子 奈良市
佳作 パリ夢想 紫苑のえる パリ
佳作 島の祈り継ぎ 野沢 周平 那覇市
佳作 最後の恋文 諸見里 杉子 那覇市

〔 選考委員・講評 〕

呉屋 栄治(ごや えいじ)

1959年 宜野湾市喜友名生まれ。
1982年 琉球大学卒(法文学部社会学科マスコミ専攻)
1982年~ 合資会社 沖縄時事出版入社
出版社にて小・中・高校教材、絵本、一般書籍の企画・編集に携わる。
現在は編集部長として、各種の編集・企画業務を統括している。
他に、「東アジア出版人会議 沖縄地域事務局長」「沖縄出版協会 事務局長」として沖縄本を東アジアや日本国内へ普及活動に尽力。

今回が選考委員としての初仕事。その重責に戸惑いながらも、届けられた作品に目を通すことから始まった。作品数は35本、私が読むことができたのが一次審査の12本と二次審査9本の計21作品。それぞれの作品に個性があり、どんな人がどんな心境で書き綴ったのかを想像しながら読み進めていくと、どれも味わい深く楽しく読ませてもらった。
 私が推した2作品を講評させてもらうこととなった。
 まずは、『矛先の行方』(二席)。母親を亡くした中学生の竜司と離婚目前である警察官の花城が主人公。花城は自身の娘への思いを重ねるように竜司を気遣う。竜司は、母親が幼い自分を巻き込んで自殺を図ったことを知り自暴自棄となる。母親の自殺現場を担当したのが花城であり、自暴自棄となった竜司に母親の最後の思いを告げ、竜司に生きる希望を与えたのも花城である。竜司と花城二人の人物設定と物語の進行がうまくクロスしていて、よく練られた作品だと感じた。母子手帳に記された母親の思いを描いた場面や、数年後の主人公二人のやり取り等は、読者に心地良さを与えてくれる。
 時代設定が90年代の沖縄で、物語中に「ポケベル」「半ドン」等という懐かしい言葉が出てくる。何故90年代に設定にしたのかを表現できれば、より物語が深まるとも感じた。
 次に、『わたしが若く美しくなくなっても』(佳作)。孫の時乃が祖母ハツ子の死に疑念を抱き、親戚・縁者に祖母についてのインタビューを行う。全編がインタビュー形式でありながら、祖母ハツ子の不思議な行動、生きてきた過程・悩みを浮かび上がらせていく。若返りの処置をした祖母ハツ子、血染めの着物を抱いて嗚咽を漏らすハツ子、インタビューを進めていく中で、それらの謎が解き明かされていく展開。
 同様な手法を用いた作品もあるとの指摘もあったが、戦中・戦後の過酷な時代を生きてきた女性の苦悩を語ってくれる作品だと感じた。沖縄では、戦争や戦後を通して、他人には言えない辛い体験をした方も多くいる。最後の「ねえ、おばあちゃん。あなたは幸せでしたか。」の問いかけは、それらの人々全てへの問いかけのようにも思えた。
 以上が私の担当した2作品の講評である。その他にも面白いと思えた作品があった。今回は選に漏れたが、『ササップの香り』『夏休み』等は、ストーリーの展開もスムーズで良い作品だと思う。また、沖縄らしさをモチーフに描いた作品が多かったのも印象に残った。今回、応募していただいた皆さまの今後の活躍が楽しみでもある。

中村 喬次(なかむら きょうじ)

1939年奄美大島生まれ。南海日日新聞社記者をへて琉球新報社記者へ。宮古、八重山支局長。文化部デスク、出版部長。2000年退転。新報カルチャーセンター講師を務める。小説「スク鳴り」で第22回九州芸術祭文学賞受賞。南海日日新聞に小説「雪乞いらぷそ」連載。「ちんだみ随想」連載中。著書「南島遡行」(海風社)、「琉球弧 あまくま語り」(南方新社)、「唄う舟大工」(南日本新聞社)

本賞に尽力、大城立裕氏を悼む
 小説部門の二次選考会は令和2年10月29日、産業支援センター 文化振興会の会議室で開かれた。開会前に27日、97歳で逝去された作家、大城立裕氏に対し選考委員と事務局スタッフは一分間、黙祷を捧げた。氏は本賞創設の牽引車として尽力された方である。
 <沖縄に三つの文学賞が三十年間に存在を主張しており、あらためて設けるにも及ばないのではないか、という声もあったが、じつは県主催で創るべきだという声は「復帰」の頃からあったのであり、立ち上がりが遅れたとはいえ、無駄ではなかった。/小説や詩だけではなく、あらゆる文学ジャンルを網羅しているところに、特色がある。>と、受賞作品集「はなうる」創刊号で述べている。
 あらためて、ご冥福をお祈りします。

 あれから16年をへた2020年(令和2)は、まぎれもなく<豊作>の年であった。発足から15年間、選考委員を務めてきた(11回のみ休止)者として欣快至極である。
 応募作には毎回、沖縄戦をテーマにした作品が少なからずみられ、二次選考にも上がってくる。本賞の特色と言っていい。文学賞でなくとも、沖縄戦は永久のテーマ足り得る。ただ、数は年々減ってきた。戦後75年、自らの体験としては語りづらい。勢い伝聞に頼らざるを得なくなる。作者に一層の創意工夫が求められるのは当然だ。
 パターンとして、両親、祖父母からの伝聞というかたちになる。又は、どちらかの遺品を見つけて、封印されていた”秘話“が明るみに出る。訪ね当てた遺族から激しい拒絶に遭ったり、罵倒を受けることもある。諸見里杉子の『最後の恋文』はそういう話だ。うかつな謎解きも、予期せぬリスクと背中合わせだという教訓である。
 一席(県知事賞)を射止めた金城毅の『校長室の秘密』には感心した。定年間近かで念願の校長に昇進した主人公が遭遇する奇妙なというか、奇想天外というか、不思議な事件の顛末を叙しているのだが、校長初日のイントロが心に沁みる。彼の“出世”は同期生に比べてひどく遅かったが、それだけに喜びは一入。座る椅子の心持ちとともに、仕事の手順の一つ一つが新鮮に感じられる。軽い亢奮とこそばゆさ。実は当人以上に妻が喜んだ。
 職員より先に出勤して、機械整備センサーを解除する。校長室前に常置された「校長通信箱」を開けて、投函された生徒たちの手紙に目を通す。それによって、ある母子家庭の兄弟を知る。母親が心を病んでいて、兄弟は母親を守りつつ、健気に生きている。とは知らぬ兄の担任女教師が、給食費遅滞を黒板に名ざしで書きだしたり、電気を止められて風呂に入れない兄を、みんなの前で注意したりと、兄と親しい級友が怒りをぶちまける。
 校長は、大学出たての女教師を校長室に呼んで、それとなく注意を促す。女教師は率直に非を認めて反省するが、給食費遅滞の生徒の名前を黒板に書きだしたのは自分ではないときっぱりと否定する。その顔を見て、うそをついているのではないと校長は確認する。では一体だれが?ミステリーの始まり。実は校長室には、明治13年の創立時からの歴代校長の写真が飾ってあるのだが、この学校の不思議の一つは、「歴代校長会議」というのがあって、必要に応じてこれら校長が夜中、校長室に会して善後策を講じるのだという。
「困ったときのファンタジー」だろうか。これってたいてい“逃げ”と同義語だが、決め手はリアリティーの有無である。『校長室の秘密』には十分、リアリティーがあると感じて強く推した。

 ここで私は、老婆心ながら一言、苦言を呈したい。
 伝聞や文献を資料に作品を書くことは一向にかまわない。森鴎外や芥川龍之介は、そうして幾多の傑作を遺した。しかしそれらは、彼らの深い教養と文学的資質あっての成果である。沖縄戦研究者に話を聞き、これこれの資料に目を通してこの小説を書いたと、誇らしげに列記したひとがあったが、論外である。口には出さぬが、それさえすれば、小説なんて楽に書けると言わんばかり。まず、自らの文学観を問うべきだろう。文章力のお粗末さに呆れつつ、敢えて記した。
 本賞の発展を祈ります。

仲原 りつ子(なかはら りつこ)

那覇市生まれ、那覇高校、名古屋瑞穂短期大学を卒業後、栄養士として、務めつつ、保育士の資格をとり、自ら保育園を設立。保育事業に携わる一方、創作活動も行う。第10回琉球新報短編小説賞「イヤリング」佳作、第15回九州芸術祭文学賞「束の間の夏」地区優秀作、そのほか、新聞や業界誌などでコラム、エッセイ等を執筆。
昭和58年創設より沖縄エッセイストクラブ会員。
社会福祉法人あおぞら福祉会あおぞら保育園理事長兼園長

 選考委員になっての初仕事。送られてきた作品のジャンルは多岐にわたり、楽しく読ませてもらった。特に二次選考に残った作品は、どの作品が選ばれてもおかしくない程、実力は伯仲していた。その中から私が印象に残った作品をいくつか紹介したい。

 佳作となった『島の祈り継ぎ』。特殊な能力を持つがゆえに不登校となり、一時的に真玉城島に移住してきた中学生を主人公に、過疎に悩む島に持ちあがったケアハウス建設をめぐるドラマである。ウタキ、ノロ、パワースポット、ゴーヤーチャンプルーと、沖縄の描き方がステレオタイプではあるが、ドローンやSNSも登場し、対立軸も明確でテンポよく読めた。私はこの作品を一席にと選考会に臨んだ。が、そんなに簡単にウタキを手離すだろうか。もっとせめぎあいがあるのでは、との意見がでた。確かにウタキが礼拝堂にされていることを知りつつ隠している西の区長や「礼拝堂にウタキを移して私が管理する。それなら森をなくしてもかまわない」と提案する西のノロの言動には違和感がある。ウタキは聖地である。見えざるものへのおそれ敬う気持、祖先や自然を大切にするウチナーンチュ(沖縄人)の想い。そこを深くおさえた上で書き直すと、この作品はもっと良くなる。

 佳作『パリ夢想』。パリに憧れる日本人女性に待ち受ける落とし穴。厳しいフランス留学の実態。今まで誰も書いたことがない題材で読ませる。フランス語学校のビルから日本人学生が投身自殺した。なぜ彼女は自殺したのか、その経過を3か月前に沖縄からパリに留学した主人公が追っていく。異国での心細さ、ミシェルとの出会い、柑橘系の残り香、小鳩ちゃんの意味等、伏線もミステリー仕立てでよくきいている。

 佳作『わたしが若く美しくなくなっても』は「処置」と称する若返り施術のアイディアがおもしろい。が、有吉佐和子の『悪女について』と手法がかぶっていて、私にとっては新味に欠けた感がある。

 今回選にはもれたが『辺野古の空に流れる名前』は辺野古でのすわり込みや機動隊とのやりとりが秀逸である。「死ぬ前にどうしても辺野古に行って自分の若い時の活動(沖縄返還運動)の結果を確かめたい」という丘の上のじいさんと、60歳を過ぎて探偵になったリンタロウと、余命研究会を立ちあげた若いサワダの3人を通して「戦争はあの波のように又寄ってくるかもしれない」とのメッセージが心に残る。

『我ら団塊世代』はパパイヤほしさに豪邸に入り込み犬に追いかけられたり、米軍基地に侵入して不発弾を持ち帰り大騒ぎになったり、戦後の物不足時代の少年たちがいきいきと描かれ楽しく読めた。これらの回想シーンを通して作者は何を伝えたいのか、それはなぜか…。それを深くほりさげて書くことによって自分史から小説に変わる。

『晴れた夜には』。ハードボイルドタッチですらすら読ませる。が、ファッションにしてもビットコインにしても、描く世界や登場人物に感情移入できる何かが足りない。祖父から父へとつながる虐待の連鎖を自分の代でどう断ち切るか。重いテーマである。文章力があるがゆえに、できごとが流れてしまったのが惜しい。

 二次選考では委員3人が一致する作品がなく、それぞれ良いところと書き足りないところとあり、最終的には『校長室の秘密』が一席となった。ここ数年、女性の応募が少ない(去年は4作)ときいていたが、今回は応募者総数33人(作品は35)のうち女性が12人。最終選考に残った6作中、4作が女性だった。力のある書き手が多かったので、次回も楽しみである。

シナリオ・戯曲部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 該当作品なし
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 該当作品なし
佳作 クロバイの花 小川 千歳 那覇市
佳作 粉どぅ宝 上原 健志 那覇市

〔 選考委員・講評 〕

上田 真弓(うえだまゆみ)

俳優、脚本、演出
演劇企画ユニット「ウニココ」代表/満月即興代表
大学非常勤講師

大阪生まれ、広島育ち、沖縄在住。1991年、地元劇団の旗揚げに参加、以来、沖縄を中心に演劇活動をおこなう。
1997年「ホエタマカイの夜~又は座蒲団をめぐる詩人たちのブルース」で第1回沖縄市戯曲大賞・佳作を受賞。
2006年から、表現したい大人と子どものための演劇企画ユニット「ウニココ」を立ち上げ、子どもたちとワークショップを重ねて演劇の舞台をつくったり、音楽と絵とお話を組み合わせた舞台作品をつくったりしながら、さまざまな場所で公演し表現の可能性を探っている。
また、即興演劇をおこなう満月即興ではほぼ月イチのライブでインプロヴァイザーとして出演、あわせて舞台の演出進行をおこなう。そのほか、演劇・演劇教育に関する論文多数。

 9編の応募作品は、場面設定も様式もバラエティに富んでいて興味深く読みました。演劇に興味を持っていただいてありがとうございます。
 ここをこうすればいいのに、と思うところは多かったです。思いつきは面白いけど、かたちになりきれていない、魅力的な登場人物が出てくるのに、大事なところが流されていてわからなくなっている、見せたいものがなになのかがよくわからない、など。映像を想定しての戯曲か、舞台を想定しての戯曲か、明快にしたうえで、自分が見たいもの、見せたいものをはっきり提示していくとよいと思いました。座付きの作家だと省略しても伝わるところが、文字だけを読む人には伝わらないので、その点はト書き、舞台設定を丁寧に描いていただけると助かります。
 他方で、現代演劇というのは、一番伝えたいことをそのまま言わない、という様式のものです。「平和が一番大切だ」と言いたいときに、それを直接言わずに内容で伝える。なので、セリフは説明的であったり、くどくどと主張するものであったりしないことが望ましいです。たとえば『ゾンビーズ』は、不条理な設定と会話のやりとりが面白かったので、理屈や主張を入れ込まずに、そのまま突っ走ってしまえばいいのにと思いました。
 演劇は、映像にしろ、舞台にしろ、俳優の身体がそこにあり、景色や、舞台美術、設定された背景があります。それを想定して、言葉、セリフについては考えてほしいです。たくさん舞台を見てください。全体的に語りすぎ、説明しすぎの印象です。俳優の身体と、観客の想像力をもっと信頼して書いてほしい。
『粉どぅ宝』は、青春グラフティでチャーミングな作品でした。ありえないような設定が入り込むのも面白かったです。さまざまなシーンを映像で見るのが楽しみです。種明かしの話を伝えるための父親らが、著者にあまりに都合よく動いているのが気になりました。たまたま聞いてそれを伝えるほうが納得できます。母親との関係がもうちょっとわかりたかった。なぜ、こんなに粉にこだわるのか、というのが腑に落ちるところがほしかったです。青春の甘酸っぱさと疾走感と気恥ずかしさが合わさって、今しか書けない感じを評価しました。
 『クロバイの花』は、4世代の登場人物が好き勝手に話している家族の会話にリアリティがあって魅力的でした。人生の終盤のツルさんが見る、やんばるの森に咲く雪のようなクロバイの花、一緒に見たいなと思いました。

砂川 敦志(すながわ あつし)

1974年、沖縄県出身。東放学園放送専門学校・放送芸術科を卒業後、深作健太、篠原哲雄、金子修介、崔洋一の作品に助監督として参加。
舞台「赤い丘」の演出と脚本、短編映画「うんじゅぬ花道」を山城知佳子と共同で監督・脚本を担当する。

 今回、選考させていただいた2作品にも共通するテーマが「別離」だと選考後に気づきました。
「クロバイの花」は親の死別によって、行き場のない喪失感を感じていた登場人物たちが自分を責めたり、親戚同志言い争う。しかし、法事に居合わせた幼子の拙いヨチヨチ歩きを皆で目撃する事で少しの「救い」をその瞬間に感じて物語が終わる。この最後の展開に私自身とても好感を持てました。
 「粉どう宝」は親の離婚がきっかけで、大人たちの取決めに反発する少年が卒業式にメリケン粉かけを計画するお話。とても可愛らしく、読んでいると自分自身の「あの時を」思い出させる、共感できる作品でした。親の「離婚」や、これからやってくる卒業という「別れ」に対してどう向き合うか? 今を生きる中学生が、その理由を求めて「メリケン粉」投げを強行する。そこには別れなければならない切なさを乗り越える行動なのだと感じました。終戦後の日本、小津安二郎監督の後期の映画は、家族が死別したり、結婚によって家族が離れていく物語を多く制作されました。日常の何気ない時間が「別離」の予兆によって突然に騒がしくなり、登場人物たちはその現実をゆっくりと受け入れようとする。人生で起こった突然の別れの現実が癒されないままの日常風景を小津監督は作品化したのではないかと予想されます。そして、いま現在も震災やコロナなどで突然の別れに「それでも人生は続く」という残された者への厳しい現実が押し寄せております。そんな状況下で、全世界が直面しているこの困難をどう捉え、先に進めばいいのか?その試練への問いを投げかけているような2作品を選考させていただきました。

随筆部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 帰郷 玉山 広子 沖縄市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 眠る街 新垣 博也
佳作 未知との遭遇 山上 晶子 大宜味村
佳作 四姉妹の旅立ち 棚原 妙子 那覇市
佳作 遠い日の飴玉 長嶺 幸子 糸満市
佳作 ヤマトンチューの独り言 堤 博美 本部町

〔 選考委員・講評 〕

嘉手川 学(かでかわ まなぶ)

沖縄県那覇市生まれ。オキナワふうどライター。泡盛新聞編集委員。沖縄のタウン誌の草分け「月刊おきなわJOHO」の創刊メンバーとして参画。歴史や文化、カルチャー、音楽など、幅広い沖縄ネタを扱う。
「月刊おきなわJOHO」では食べ物コーナーを20年近く担当。沖縄の食堂と沖縄そばと島豆腐と泡盛をこよなく愛す。
編著・著書に「沖縄チャンプルー事典」(山と渓谷社)、「嘉手川学のすばナビデラックス」「嘉手川学の古食堂味巡り」(東洋企画)、共書に「沖縄大衆食堂」、「笑う沖縄ごはん」(双葉社)、「沖縄食堂」(生活情報センター)など。

 「第16回おきなわ文学賞随筆部門」は36作品の応募があり、最年少が10歳、最年長は80歳でした。今年はコロナの影響なのか、家族との関係性を取り上げた作品がいくつかありました。ここ数年の傾向ですが投稿者のほとんどが常連、あるいはSNSの発信などで自分を表現することに書き慣れているのか、作品自体の質が向上しており、どの応募作品も読みごたえのある魅力ある話に仕上がっていました。
 一席に選ばれた『帰郷』は、スーパーでフッと花のようなお線香の香りがしたことで、祖母の命日が近いことを知る作者が、同時に高校卒業して上京1月後に危篤になった祖母のことを思い出したことを綴っています。友人たちのカンパで羽田空港まで来たものの、スカイメイトでキャンセル待ちでは沖縄行きは無理と判断して、九州行きの飛行機に乗りバスや電車を乗り継いで、翌朝、一番に鹿児島空港から帰るのですが、鹿児島までの夜行列車の窓から見える夜の風景を見ながら、井上陽水の「帰郷~危篤電報を受け取って~」という歌を口ずさんでいたと書いています。
 18歳の少女が祖母に会うため無我夢中で南へ、南へと向かい、暗い電車の中で口ずさむ歌に、たぶん、作者と同世代で同時期に東京にいて同じ音楽を聞いていた選者は共感し、この作品の思いというか、体験した風景や喧騒、音楽が映像として浮かんできたほどです。
 佳作の『未知との遭遇』は本島内でも少なくなった昔ながらの沖縄の原風景が残る大宜味村田嘉里の共同売店の奮闘記ともいえる作品。経営難で三ヵ月間閉店状態だった共同売店を前任者から引き継いだ作者が、地元のオジーやオバーたちの注文を受け入れるだけではなく、県外や海外からの移住者、農家、サラリーマン、元教員、アーチスト、役場職員など多種多様な個性が集まる集落の人たちの要望を取り入れ、多くの住民にとって未知なる商品を並べることで、混沌とした集落の住民たちが共同売店を通してより深く繋がる、という話は、まるで、一編の小説のような面白さがありました。
 『四姉妹の旅立ち』は端的に言えば観察日記です。数年前から70代の叔母が育てている羽化直前のオオゴマダラの金ぴかサナギを預かった話。4個のサナギはじっくりと10日間かけて次々と羽化し、その度にマリアやマリリンと名前をつけて、じっくりと観察して窓から飛び立つまでを描き、それを見守る家族のありようがとてもほのぼのとしています。
 今回、惜しくも選に漏れた作品の中にも光るものが多く、書き手の皆さんがより一層、書き続けることで素晴らしい作品が生まれるのではないかと思いました。

南ふう(みなみ ふう)

1954年那覇市に生まれる。沖縄県立那覇高等学校(27期)卒業、九州芸術工科大学(7期)環境設計学科卒業。設計業務とグラフィックデザイン等を経て趣味で執筆を始める。2003年「第1回祭り街道文学大賞」にて『女人囃子がきこえる』で大賞受賞。2010年「第19回ふくふく童話大賞」にて「クモッチの巣」で大賞受賞。著書に『花水木~四姉妹の影を追って~』など。現在は市井の人々のオーラルヒストリーを聴き取り、個人史として残す仕事に取り組む。
2004年より沖縄エッセイスト・クラブ会員。

 昨年度の作品と比較して、今年度は重苦しさがなかった。作者の年齢層が少し下がって、戦争体験よりも戦後の暮らしや復帰前後、そして今現在などを描いたものが多かったからだろう。テーマも多彩で、軽やかなタッチ、書き慣れているなど、読んでいて楽しいものが多かった。とにかく、個性的な36作品に出合えた。

 一席の『帰郷』は、選考委員が経験した同時代のモチーフによって加点が大きかった気がする。スカイメイト、井上陽水、夜汽車などが懐かしく、情景が浮かんで心情が共有できた。それにしても祖母危篤の電話を受け、祖母の臨終に間に合いたい一心で羽田から大分、鹿児島と見知らぬ街を必死に沖縄へ向かう様子は胸を打つ。文章の流れもいい。

 二席の『眠る街』は、まさに今年しか書けない作品。新型コロナウイルスと首里城火災という言葉を一度も出さずに「いま」を描く筆力には感動した。幼い子らがドライブ中に寝入っていく愛おしさ、家族を大切にする姿も見える。街が「死んでいる」のではなく「眠っている」ことが、いつか日常を取り戻す希望に繋がる。個人的にはイチオシの作品だった。

 佳作は4作品となった。『遠い日の飴玉』は、戦後の貧しい時期に結婚した母が、夫との諍いで家を出、作者は居ても立ってもいられず母を迎えに行く。心情や情景の描写は秀逸だが、作者自身も書いているように、なぜ今あの頃が懐かしいのか、なぜ母の家出理由を聞かなかったのかなど、いまひとつ消化不良感が残った。
『ヤマトンチューの独り言』は、余所者が感じたカルチャーショックが面白い。軽い文体でユーモラスに書かれているのもいい。ただ、並べるエピソードにもう少しストーリー性を持たせて構成した方がいいし、読者としては妻との馴れ初めも知りたかった。

 惜しくも選外となったが印象に残った作品をいくつか挙げたい。高校1年生から文通を始め、手段がメールに替わっても長期にわたり共に生きている『沖縄―広島 2千通』。人間ドックの一日、看護師さんに頼り切る緊張感と安堵感を描いた『ボーボーとトントン』。貴重なファミリーヒストリーともいえる『マツおばーのカチャーシー』は、終わり方がステレオタイプなのが惜しまれた。
 ほかにも、論説的な表現がやや強かったり、内容はいいのに導入がもたついたり、登場人物の描写が随筆ではなく小説的だったりと、もったいない作品があった。

詩部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 たんめー(おじいさん) うえざと りえこ 浦添市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 なんくるないさ 大城 玲子 大韓民国
佳作 カンナ 長嶺 幸子 糸満市
佳作 Weathercock かねしろ 茉衣 沖縄市
佳作 交通量調査 安里 和幸 宮古島市
佳作 夏のドラマ 宮城 翔 八重瀬町
佳作 ジュゴンさんへ 知念 幸子 うるま市

〔 選考委員・講評 〕

高良 勉(たから べん)

詩人・批評家。沖縄大学客員教授。
元県立高校教諭。
1949年沖縄島南城市玉城生まれ。
前日本文芸家協会会員。日本現代詩人会会員。
詩集『岬』で第7回山之口貘賞受賞。
1985年沖縄タイムス芸術選賞奨励賞受賞。
2012年第46回沖縄タイムス芸術選賞 大賞・文学受賞。
著書に、第7詩集『絶対零度の近く』、第8詩集『ガマ』、NHK生活人新書『ウチナーグチ(沖縄語)練習帖』、岩波新書『沖縄生活誌』、第3評論集『魂振り―琉球文化・芸術論』、第4評論集『言振り―詩・文学論』など多数。

世代を越えて
 1ヶ月近くかけて、第16回おきなわ文学賞・詩部門の審査をやる。今回の応募作品は40篇であった。まず1回目に、全作品に目を通す。2回目に、候補作品にならない詩を落としていく。
 次に、候補作品を慎重に選んでいった。九篇が残った。さらに読み込んで、六篇を選んだ。これで、選考会へ提示する作品が決まった。そして選考会まで何回も作品を読み直し、ベスト3を決めて当日を迎えた。
 今回の詩部門の総体を見て、何よりも嬉しかった事は世代を越えて多くの人が詩を書き応募してくれたことだ。こんなに色々な方が詩に向き合っているとは驚きであった。
 また、詩のテーマも内容も才能も多彩であった。年輩の方の、長い人生経験から来るテーマがあった。若い人の現代感覚から来る、新鮮な感受性の表現があった。そして、多くの人がシマクトゥバ(琉球諸語)での表現を試みていた。
 惜しむらくは、全体的に長い詩が多かった。長くなった分、詩が散漫になったり、テーマがアイマイなっていた。詩は、できるだけ推敲し、言葉を削り、テーマと結論が鮮明になるようコンパクトにまとめた方がよい。そして、自分独特の個性あふれる詩語とイメージの表現を心がけることだ。

 その点、第一席・沖縄県知事賞のうえざとりえこさんの詩『たんめー(おじいさん)』は、たんめーの思い出がややユーモアも感じさせながら良く描かれている。最終の「白黒の写真の/たんめーが/難しい顔をして写っている」という表現は、詩全体を鮮やかにまとめる効果をもたらしている。

 次に、第二席・沖縄県文化振興会 理事長賞の大城玲子さんの作品『なんくるないさ』は、テーマが良かった。なんくるないさは、沖縄的な楽天性、沖縄人のエートス(特質)をうまいぐあいに表現した作品である。それを「母のゆしぐと」を通して詩にしたのが良かった。ただ、作品のリズムはいいのだがくり返しが多いため、イメージの凝縮度が弱くなっている。その分が、第一席との差になったが、差は極めて小さかった。

 今回、佳作の中で特筆したいのは宮城翔さんの『夏のドラマ』である。宮城さんは、15歳で沖縄県立盲学校の生徒さんだそうだ。いかにも、青春の只中でしか書けない詩となっている。若い才能の、今後に期待したい。

西原 裕美(にしはら ゆみ)

1993年生まれ、浦添市出身。詩人。「詩誌1999」同人。
処女詩集「私でないもの」で2013年第36回山之口貘賞受賞。

コロナウイルスの影響を受けて変わる生活と詩
 昨年とは一変して、コロナウイルスの影響で生活が変化し、応募作品の中にはコロナについて書かれているものも多かった。生活や仕事の在り方が変わり、人とのつながりが希薄になる中、戸惑いややりきれなさを感じることも多いのではないかと思われる。詩の世界では、関東などで行われていた詩の講習会などが中止になる一方で、リモートでの詩の講習会が増えている。ほとんどが有料だが、『中原中也の会大会』はインターネットで無料配信をしていた。今まで沖縄で生活していると諦めるしかなかった機会が得られるのは貴重である。
 今回、高良勉さんと選考をさせて頂いた。性別や年代の違う選考委員が選んだものの、一席はどちらの選考委員も最終選考にあげており、すぐに決まった。

 一席『たんめー(おじいさん)』(うえざとりえこ)について、「たんめー」という、うちなーぐちを使用しながらも、「(おじいさん)」と記入するなど、読み手への配慮を感じさせる。たんめーの人生を孫の目線でたどりながら、たんめーの戦前戦後の生きざまが感じられる。また、それが現代につながり、最後は、変わっていく景色と変わらないものの対比の後に「白黒の写真の/たんめーが/難しい顔をして写っている」と締めくくる。悲しい顔や悔しいなどの率直な感情表現ではなく、「難しい顔」としたところの絶妙さがなんとも言えない味わいである。

 二席『なんくるないさ』(大城玲子)は、「なんくるないさ」という言葉の深みと、詩のリズムが良かった。

 佳作に入選した作品について、『カンナ』(長嶺幸子)は、まとまりが良く景色や、読み手に色を感じさせた。『Weathercock』(かねしろ茉衣)は、非常に現代的で、評価懸念の強い社会を描いていると思われ、新鮮さのある作品。『交通量調査』(安里和幸)は、酔っぱらって見える景色や、視線など、表現力が良いと思った。『夏のドラマ』(宮城翔)は、詩の技術はつたないが率直な表現が良い。夏の始まりと、終わり、その後の希望までが丁寧に描かれている。『ジュゴンさんへ』(知念幸子)は、ジュゴンへ届ける手紙のような作品だが、さらりとした印象ではなく、重厚感が伝わってきた。

短歌部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 渡名喜 勝代 那覇市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 山下 葉子 宜野湾市
佳作 瑞慶村 悦子 沖縄市
佳作 本村 隆信 八重瀬町
佳作 新垣 幸恵 西原町
佳作 高良 真実 東京都 新宿区
佳作 宮城 鶴子 名護市
奨励賞 石川 彩楓 浦添市

〔 選考委員・講評 〕

佐藤 モニカ(さとう モニカ)

歌人・小説家
竹柏会「心の花」所属

2010年 「サマータイム」で第21回歌壇賞次席
2011年 「マジックアワー」で第22回歌壇賞受賞
2014年 小説「ミツコさん」で第39回新沖縄文学賞受賞
2015年 小説「カーディガン」で第45回九州芸術祭文学賞最優秀賞受賞
2016年 第50回沖縄タイムス芸術選賞奨励賞受賞
2017年 詩集『サントス港』で第40回山之口貘賞受賞
2018年 歌集『夏の領域』で第62回現代歌人協会賞および第24回日本歌人クラブ新人賞受賞
現代歌人協会会員・日本歌人クラブ会員

テーマの大切さ
 今年も永吉京子さんとの審査であった。選考後、受賞者の名前を確認し、なるほどと思った。短歌、しかも3首から5首の連作ともなるとビギナーズラックのような入選はなかなかない。今回の受賞者の一席から佳作までを見ても、県内コンクールでは常連である。

 一席の渡名喜勝代さんは、対馬丸について詠んでいる。だぶだぶの浮袋が心に沁みる。ご自身の体験であろうか。二席の山下葉子さんは湾生の父についての一連である。娘が見つめる父の人生は、必ずしも理想的ではないのかもしれないが、連作からは父を慕う娘の心情が感じられ、しみじみとした作品となっていた。
 佳作の瑞慶村悦子さんの作品は連作としてのまとまりがしっかりとあり、読ませる。しかし結句のルビには無理があるだろう。本村隆信さんは沖縄の悲しみを抑えて詠まれた作である。3首目の「海から空から森の中から」が、森では到底終らない、連続性を感じさせる。ここが巧い。新垣幸恵さんは唯一3首で選ばれた。力のある3首だけに、ここはぜひ5首で読みたかった。次回は5首で挑戦を。高良真実さんの作は個性的な比喩に注目した。1首目の「ひとりでにひらく頁のあるごとし」など面白い比喩である。次回に期待したい。宮城鶴子さんの作では、2首目の「断捨離のできず今尚抽出しに沖縄戦の録音テープ」に長く立ち止まった。沖縄戦をそうあっさりと片付けてたまるものかという作者の強い信念を感じる一作であった。
 奨励賞の石川彩楓さんの作は相聞歌である。3首目のマスク姿になり、茶色の瞳に気づくところが作者の発見である。よくよく考えてみると、恋愛というのは発見の連続である。新たな自分を発見することもある。まだ15歳、これからどんどんと新しい自分を発見されることだろう。

 今回は応募数も多く、学生の応募も多くあった。そうした中で、テーマのしっかりとしたものに心惹かれた。一方で、コロナ禍の今、改めて歌を作る意味を考えさせられた。つかの間、ざわざわとした心から解き放たれることができたのなら、それもまた創作の意味があったように思えるのだ。文学にはさまざまな効用がある。当たり前のことだが、受賞がすべてではない。創作し、軽くなった心で前を見つめてみると、今までとはまた違う景色が見えてくることがある。

永吉 京子(ながよし きょうこ)

1988年 比嘉美智子に師事。
1995年 「花ゆうな短歌会」結成に加わる。
1996年 「未来」入会、近藤芳美に師事。
2005年 桜井登世子に師事。
2009年 歌集『若葉萌ゆ』刊。
2016年 日本歌人クラブ九州ブロック沖縄県幹事。
現代歌人協会会員。

 今回の応募数は113名で、内訳は女性が87名、男性が26名であった。年齢は13歳から87歳。十代の応募者が最も多く83名。だが、テーマや詠い方が画一的で未だ塾(こな)れていない感じを受けた。一般の方々の作品と同じ俎上に載るので上位受賞者が出なかったのは残念である。奨励賞の石川彩楓作品は今後の伸び代の大きさを感じさせる。「『おはよー。』と近づく君のマスク顔初めて気づいた茶色の瞳」がいい。短歌はマスも意味あるものと捉えるのでやたらにマスを空けないこと。
さて、一席の渡名喜勝代作品は、一読して重たいテーマとそつの無い詠い方に心惹かれた。対馬丸の僚船「暁空丸」に乗った実体験である。「対馬丸の撃沈を知りだぶだぶの浮袋身に合図待ちし甲板」がリアルで戦後75年目にして初めて歌にされたのではなかろうか。掲出歌の二首目「敵潜水艦」は字余りだし「敵」と言わなくてもわかると思うがどうだろう。
 二席の山下葉子作品は『湾生の父』と表題がついている。県内でも湾生とおっしゃる方は多々おられるがこの五首は新鮮。「ワンタンの湯気が眼鏡を曇らせてほほ笑む父に棲む故郷は」がとてもいい。

 佳作の瑞慶村悦子作品、内容も詠い方もベテランの域。少し甘やかな感じがした。「姉のことを『うまに―』とぞ夫は呼ぶ内裏ことばを今に引き継ぎ」。ファミリーヒストリーを越えた何かが欲しかった。同じく佳作の本村隆信作品は「元学徒眼光らせ平和説く未来を託せる子等の傍へに」「激戦の空知りつくしこの秋もつばめ飛び来て慰霊碑の上」が特に良い。今詠まねばならぬことを今後も詠い続けてほしい。次の佳作、新垣幸恵作品は三首連作で三首ともよかった。「遺されし子は父の歳すでに越え夕焼け空に流れゆく雲」「亡き夫の背広に顔をうずめし夜きびの葉擦れのやわらかにあり」。夫に先立たれた悲しみを歌に昇華させ淡々とした詠は哀感を誘う。佳作、高良真実作品「ひとりでにひらく頁のあるごとし形(かた)のはじめは諸手を上げて」など空手を詠い圧巻。この作者は短歌総合誌でも既に活躍しておられ今後が楽しみだ。佳作、宮城鶴子作品「断捨離のできず今尚抽出しに沖縄戦の録音テープ」沖縄戦の記憶を詠った五首は貴重だ。戦争を詠える歌人もまた貴重である。

選歌後に明かされる作者名、今回はベテラン揃いであった。中・高校生もそれぞれに違うテーマと詠い方を学び再挑戦してほしい。

俳句部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 井本 とき子 豊見城市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 玉城 秀子 宜野湾市
佳作 友利 正 宜野湾市
佳作 本村 隆信 八重瀬町
佳作 上間 絢子 那覇市
佳作 葦岑 和子 那覇市
佳作 外田 さし うるま市

〔 選考委員・講評 〕

井波 未来(いは みらい)

県『人』副支社長・県俳人協会理事・県俳句協会理事・「第15回俳句in沖縄実行委員長」・著書・句集『禅宣言』・句集『心音』・アンソロジー「がんじゅう俳句でえびる」・共著「沖縄子ども俳句歳時記」。論文「超高齢化社会における生涯学習と図書館」・「超高齢者の生涯学習としての俳句創作と風土」。

森羅万象
一席(井本 とき子)

 鎮むこと忘れたような火炎木
 鬼灯やきゅんと切ない音たてる

「火炎木」「鬼灯」の本情を捉え自己との交感から生まれた俳句。松尾芭蕉は「松のことは松に習え」といった。

二席 (玉城 秀子)

 骨あまた闇の宙泳ぐ大花火
 満月光刃となる洞窟の静寂

「光」と「闇」、「動」と「静」の対比が、深層に潜む昇華されない虚しさを浮彫にする。

佳作

 赤錆を吐きゐる匂ひ沖縄忌 (本村 隆信)
 コロナ禍や新入生に閉ざす門 (上間 絢子)
 魔女化する秋風鈴やコロナ禍 (葦岑 和子)
 安全帽嫗対峙の夏帽子 (友利 正)
 触れてゐる薔薇のうずまきやはらかく (外田 さし)

 世界を取り巻くコロナ禍の不安。地下に眠る遺骨や不発弾。沖縄の山や海が失われていく米軍基地の現状。「俳句は森羅万象を通じて、天意に触れることができる文芸のようだ。」という俳句誌『ウエーブ』三浦加代子氏の言葉に立ち止まる。
 今回の応募作品には、五句にお題「テーマ」を設けた作品が寄せられた。作品構成を意識した挑戦に敬意をはらいたい。

金城 けい(きんじょう けい)

1991年 東京原爆忌俳句大会奨励賞受賞。
1993年 炎天寺青葉まつり記念俳句大会特選受賞。
1995年 沖縄タイムス芸術選賞文学部門(俳句)奨励賞受賞。
NHKラジオ番組「ラジオ深夜便」の「ナイトエッセー」コーナーで
「戦後50年・沖縄のくらし」を語る。
1997年 NHK「BS俳句王国」出演。
2015年 第1回世界俳句協会俳句コンテスト 第1位受賞。
著書 句集「回転ドア」「水の階段」「悲喜の器」
詩集「サガリバナ幻想」「陽炎の記憶」
沖縄タイムス「タイムス俳壇」選者(1997年~2014年)

一席  井本とき子

 鎮むことわすれたような火炎木
 鬼灯やきゅんと切ない音たてる

 一句目、「火炎木」の花は、その名の如く、燃えるような赤色を呈している。衰えることを知らないと思われる鮮やか姿も何時かは枯れてしまう。それを「鎮む」と表現した。なかなか把握できない借辞だと思った。
 二句目、擬音語「きゅん」という表現が光っている作品。温故の懐かしさに読者をも引き込んでゆく共感句と言えよう。

二席  玉城秀子

 満月光刃となる洞穴(がま)の静寂(しじま)
 骨あまた闇の宙泳ぐ大花火

 一句目、美しい満月を眺めている作者の心、眼は、ふと戦争で地獄と化した洞窟の中での「死」との戦いを思い、「もう二度と……」という気持ちを満月に託した。美の奥に醜を見た作者の詩眼に感動した。
 二句目、主役であるはずの「大花火」に骨を見た作者の直感は尋常ではない。日常から非日常へと飛躍できる詩性は素晴らしい。

佳作

友利 正 海は野に月一輪の潦
本村 隆信 流星や地球のカオス浮彫に
上間 絢子 コロナ禍や新入生に閉ざす門
葦岑 和子 プライドの仮面を外す良夜かな
外田 さし 職安でいそぎんちゃくのようになる

 一句目、「月一輪の潦(にわたずみ)」が生きている。二句目、視点がおもしろい。三句目、「コロナ禍」と「新入生」に共感した。四句目、可もなく不可もない穏やかな作品。五句目、「いそぎんちゃく」の比喩がおもしろく、目の付け所に感動した。

 今年は、新型コロナウィルス感染症で外出もままならない時世になってしまった。句作にとって大事な視野が狭窄され、いつまで続くのか予想だにできない状況にうだつがあがらない日々を鬱々としていることだろう。
それにしても今年の作者は、「めげまい」という意志が感じられた。「読書」やイ「メージ性」「脱日常」のある作品にほっとした。
来年も作品を作ることから離れずに頑張りましょう。

しまくとぅば文芸部門

琉歌部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 謝花 秀子那覇市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 山城 正夫 うるま市
佳作 島田 貞子 浦添市
佳作 長嶺 八重子 読谷村
佳作 宮城 朝喜 那覇市
佳作 あさと 愛子 那覇市
佳作 島袋 浩大 那覇市
奨励賞 喜瀬 洋子 ボリビア国

〔 選考委員・講評 〕

玉城 倭子(たまき しずこ)

歌人、俳人。語やびら沖縄語(うちなーぐち)の会、御茶屋御殿琉歌の会会員。
さまざまな琉歌の大会や新聞の琉歌欄に応募、精力的に創作活動を行っている。

平成25年 なんみん祭文芸大会」琉歌の部 なんみん祭文芸大賞
平成27年 「琉歌の里おんな」第25回琉歌大賞公募展一般の部 優秀賞
平成29年 「第1回御茶屋御殿文芸大会琉歌部門優秀、
平成30年 「第2回御茶屋御殿文芸大会」琉歌部門 那覇市長賞
平成26年 「浦添八景」文芸作品表彰 琉歌
平成28年 浦添市教育委員会表彰 文化及び学術功労
令和元年 沖縄県しまくとぅば普及功労賞

 私は今回、皆様方が丹誠込めて詠まれた琉歌に接することが出来、たいへん喜んでおります。コロナ禍や首里城焼失で、県民は苦しく辛い日々のなか、どのような琉歌を詠まれるのかと思いました。拝見して心打たれたことは、沖縄人のひやみかち精神で多くの方方が応募されたことです。
 今回の応募人数は、17歳から93歳までの56名、234首の琉歌が詠まれています。
 内容は、花鳥風月、沖縄文化、しま言葉、日常生活、首里城焼失、コロナウイルス、戦・平和・基地、恋等多岐にわたっていて、以外にも基地を詠んだ琉歌が少なかったのは、コロナ禍や首里城焼失の故かと思いました。
 受賞者は、一席1名、二席1名、佳作5名、奨励賞1名の方々です。おめでとうございます。
 一席の謝花秀子氏の「昔馬場の 面影ゆ残ち 城岳前道 松の清らさ」は、琉球松を詠まれたことで、昔馬場の懐かしい景観が際立っています。
 二席の山城正夫氏の「神酒かみてぃみせる 神人ぬ針突 入り日に照り勝い 清らは香ばは」は神人の針突が夕陽に映え、神人の人生模様を彷彿させます。かつて沖縄では、人生儀礼として針突を女性にする習俗がありました。
 佳作について、まず、島田貞子氏作品ですが、立派に子育て、孫の御守で幸せいっぱいの様子を「寿の遊び」と表現され、心打たれました。
 長嶺八重子氏の作品は、首里城焼失に深く衝撃を受け、特に残り立つ龍柱は「肝や肝ならん」と心の内を表現しています。一日も早い首里城復元を願いたいものです。
 宮城朝喜氏の作品は、近年しま言葉を話せる人が減っていることから、しま言葉に対する肝心あふれる熱い思いが詠まれています。
 あさと愛子氏の作品は、戦死した学友の名前を手帳に書き留め、旅へ持ちいく里に、戦の辛さや里への熱い想いは胸打たれます。
 島袋浩大氏の作品は、とかく恋は切なく甘く苦い思いがつきものですが、「涙の別れ」は、胸塞ぐ想いなのでしょうね。
 奨励賞の喜瀬洋子氏は、遠くボリビアからの応募で故郷の琉歌に託す思いが伝わってきます。ボリビアの9がつ、タヒボ花の真白に咲いた香り高い美しさが詠まれ、心が和みます。今後のご活躍を期待します。

宮城 茂雄(みやぎ しげお)

琉球舞踊家・組踊立方
琉球舞踊 宮城流 師範 沖縄国際大学・沖縄女子短期大学非常勤講師
幼少より二代目宮城能造氏に師事する。
琉球古典芸能コンクール「最高賞」受賞。
沖縄国際大学大学院 地域文化研究科 南島文化専攻修士課程修了。
2006年3月「第1回宮城茂雄舞踊の会」を国立劇場おきなわにて開催。
2006年4月より1年間京都に留学、琉球古典芸能に関係が深い「能」を学ぶ。
伝統組踊保存会及び琉球舞踊保存会伝承者。

 今回初めて、選考に関わらせていただきました。私自身、芸能を通して毎日のように琉歌に接していますが、200首余の応募作品を拝読して、多くの方に琉歌が親しまれていることを実感いたしました。今回の応募作品の内容は、新型コロナウイルスや首里城の火災といった我々が直面している題材や、しまくとぅばや戦争、家族愛、恋など様々なテーマが詠まれていました。また、仲風形式の作品も多くの応募がありました。
 入賞された皆さま、おめでとうございます。
 一席沖縄県知事賞の作品は、城岳(現在の那覇市楚辺)が詠まれています。昔の馬場ンマイィーからはじまり、その面影を残す現在の風景へと歌の世界が広がっていきます。また、しまくとぅばの音の連なりが流麗で、組踊の「唱え」や沖縄芝居の「つらね」の抑揚で発声してみると、その情景がより大きく立ち上がってくるように感じました。琉球古典音楽の「大兼久節」や「恩納節」にも最適な琉歌だと思います。
 二席沖縄文化振興会理事長賞の作品は、神人とその手に刻まれた針突が詠まれています。現代では実際に見ることが出来なくなった針突が、入り日という言葉によって浮かび上がってくる表現は、素晴らしい作法だと感服いたしました。また、「神人カミンツ」「清らはツラハ」「香ばはカバハ」といった、しまくとぅばが巧みに詠みこまれていて、その地域の香りまでも感じるようです。
 佳作では、子育てから時を経て孫を抱いている睦ましい風景が詠まれた作品、首里城の火災をテーマに焼け残った龍柱にスポットをあてた作品、しまくとぅばに島人の情けを重ねた作品、戦死した友に長年思いを寄せていた「里サトゥ」を見送る作品、女性から恋人へ別れを告げる仲風の作品、以上5作品が選出されました。
 奨励賞は、ボリビアの風景を「タヒボ」という樹木で表現された作品です。沖縄から遠く離れたボリビアの風景がしまくぅばによって表現され、琉歌の世界的な広がりを感じます。
 残念ながら、僅差で入賞が叶わなかった作品が多数ありました。次回も、多くの方に応募していただきたいと思います。今回の選考に関わらせていただき、私も芸能の立場から琉歌の普及発展に携われるように励みたいと思いを新たにしました。

波照間 永吉(はてるま えいきち)

石垣市出身。
琉球大学法文学部国語国文学科卒業。沖縄県立芸術大学付属研究所所長を経て、現在沖縄県立芸術大学名誉教授。
琉球文学・文化学を専門分野として、琉球弧の祭祀や文学に関する論文を多数著す。
鎌倉芳太郎資料集の編纂で知られ、著書に『琉球の歴史と文学―おもろさうしの世界―』などがある。

 おきなわ文学賞「しまくとぅば文芸部門[琉歌部門]」は今年で3年目を迎えました。どうやら軌道に乗ってきたという気がします。応募作品数は前年と同程度ですが、これから回を重ねる毎に増加していって欲しいと思っています。期待することは、多くの方々が、折りにつけ、琉歌を詠んで、自らの感情・思想の表現をなさって下さることです。それはしまくとぅばへの愛着を生み、しまくとぅばに深くなじんでいくことにつながることになるでしょう。そしてそれは、琉歌表現をゆたかにしていくことになっていくことでしょう。そのような好環を期待しながら、賞の運営を目指したいと思います。
 さて、今年の一席は謝花秀子さんの「昔んかし馬場んまいーのぬ面影うむかじゆ残ぬくち 城ぐすく岳だき前道めーみち松まちのぬ清ちゅらさ」は、那覇の城岳小学校前の道の風景を詠んだものです。その情景がよくとらえられ、古の馬場の賑わいが眼に浮かぶような気がします。現在の通りにはガジマルの大木が枝を張り、都会の中のオアシスとなっていますが、松風に涼を求めて人々が集まる風情が彷彿としてきます。おだやかな読みぶりが心に残りました。
 二席の「神酒みきかみてぃみせる神人かみんつぬ針突ふぁぢち 入り日てぃだに照てぃり勝まさい清つらは香かばは」は、村の祭祀を司っている神女の手先に焦点をすえ、そこに印された針突(刺青)が日の光を受けて美しく浮き立っている光景を歌っています。沖縄文化研究で大きな仕事をなした鎌倉芳太郎は、沖縄の女性の手に印された針突が陽の光りを受けて美しく輝いているのをみて、沖縄の美と沖縄文化の深さに目覚めたといいます。作者の眼も同じ光景をとらえています。そして、村の繁栄を祈る神女への敬愛を歌いますが、その向こうに存在する神への想いまでが浮かび上がるようです。
 今年も佳作に5作品を選びました。「産なし子ぐわ守むい育すだて御孫んまが前めに抱だちょて 寿くとぶちぬ遊あしび愛かなさ嬉うりさ」(島田貞子)は米寿を迎え、孫を抱き暮らす平安を喜ぶ歌です。長寿を祝う歌の典型的作品として選びました。「城焼ぐすくやき果はてて肝ちむん肝ちむならん 残ぬくて立たつ龍柱りゆうちゆうや寂さびさまさて」(長嶺八重子)は、昨年炎上消失した首里グスクを歌うもので、ひとり消失を免れた龍柱に自らの寂しい想いを託して優れた歌になっています。「私達わしたしま言葉くとば肝込ちむくみて語かたり しまんちゅぬ想い情なさき深ふかさ」(宮城朝喜)は、しまくとぅばの大切さを訴えるものです。しまくとぅばはウチナーンチュの感情表現に重要なものです。これを守ることは私たちのできる文化継承事業の一つです。「戦死さる学友どぅしぬ名前のうじ書ち留とぅみてぃ 里やうぬ手帳持むちょてぃ旅に」(あさと愛子)は亡き夫を偲ぶ挽歌ですが、その背景には沖縄戦があります。「鉄血勤皇隊」に動員され、戦に斃れた学友達の姿を忘れることはなかったのです。あの世への旅立ちにも友の名を記した手帳を携えて行ったのです。胸が痛みます。「今宵限くゆいかじりの縁ゐんととぅ思むててぃ 思切うみちれよりゆ里さとぅよゆ涙なだのぬ別れわかり」(島袋浩大)は、女性の立場で恋を歌った仲風作品であるところに着目しました。極端な言い方をすれば文学は虚構です。その中でどれだけ人間の事実を追求できるかです。さらなる深まりを目指して欲しいと思います。
 奨励賞として「ボリビアぬ九がち春や花盛り タヒボ花真白ましら美らさ香ばさ」(喜瀬洋子)を選びました。ボリビア移住地の風景でしょう。開拓地での苦難を凌いで、今は、春をいろどるタヒボの真っ白な花の香りを楽しむ人々の姿が想い浮かびます。ボリビアの地でも新しい琉歌が続々と生まれることを期待しています。

しまくとぅば演劇戯曲部門

〔 入賞作品 〕

作品名 作者名 住所
一席 沖縄県知事賞 クマやらわん何ーやらわん みやぎ じゅん 那覇市
二席 沖縄県文化振興会理事長賞 慟哭(ドウコク) 宮國 敏弘 宮古島市
佳作 闇ぬ夜ぬ鴉(ヤミヌユヌガラサー) 仲村 元惟 宜野湾市
奨励賞 おじぃの手帳 南原 あい 那覇市
奨励賞 琉球ぬそーいらー(賢い者)研究会① ー玉城朝薫ぬ巻ー 真栄田 環 那覇市

〔 選考委員・講評 〕

大城 貞俊(おおしろ さだとし)

1949年沖縄県大宜味村生まれ。
元琉球大学教授、詩人、作家。
受賞歴に沖縄タイムス芸術選奨(評論)奨励賞、具志川市文学賞、沖縄市戯曲大賞、文の京文芸賞、九州芸術祭文学賞佳作、山之口貘賞、新風舎出版賞優秀賞、沖縄タイムス芸術選奨(小説)大賞、やまなし文学賞佳作、さきがけ文学賞など。

我んねー我んどやいびーる
 今年の応募作品は8編。「学校演劇戯曲部門」が「しまくとぅば演劇戯曲部門」として名称を変えた初年度だ。より多くの人々へ関心を広げて応募が行われるようにとの配慮であろう。「しまくとぅば」の継承の重要性を改めて痛感した。
 第一席の『クマやらわん何ーやらわん』(みやぎじゅん)は、熊と人間の親子の昔話をリライトした作品である。用意周到な工夫がなされ多くの「物語」を浮かび上がらせた。一つは「我んねー我んどやいびーる」という作品のメッセージだ。人間と熊との間に産まれた子が差別や偏見にあっても毅然とした態度で自らを貫いていく。時宜にあったテーマである。二つ目は、親子や夫婦の愛情、そして友情をも確固として描いている。三つ目は琉球国と中国との交易の歴史も暗示され、さらにウチナーグチの「アヤー」や「アンマー」の使い分けなど含蓄に富んだ示唆がある。四つ目は舞台で演じられる脚本として最適だと思われることだ。敵役としての人物を登場させて対立のドラマを作り、さらに二人の人物が狂言回しの役を担い、また一人で二役を演じる場面などを設定してメリハリのあるドラマに仕立てている。この作品を第一席に推薦した。
 第二席の『慟哭』(宮國敏弘)は宮古島の人々を苦しめた「人頭税」の悲惨さを宮古島の方言を使って作品に仕上げている。この挑戦を高く評価したい。作品はドラマチックで勇壮な物語が展開される。人頭税の歴史を理解する最適な教本にもなり得ると思った。
 佳作の『闇ぬ夜ぬ鴉』は挿入された琉歌が効果的である。戦争を舞台にして友情や愛情、国のあり方など、重いテーマをうまく取り上げて展開した。奨励賞の『おじぃの手帳』は老人と高校生との交流が主になった作品だ。シマクトゥバとはなんぞや、がよく分かる作品になっている。また『琉球ぬそーいらー(賢い者)研究会①-玉城朝薫の巻-』は、「組踊」や「マブイグミ」などを取り込んだ着想が新鮮で、様々な工夫があり好感が持てた。他の応募作品にも印象に残る作品が多かったが、受賞作に一歩及ばなかった。次年度への応募を期待し、楽しみにしたいと思う。

 3人の審査員の慎重な審議の結果、第一席に『クマやらわん何ーやらわん』、第二席に『慟哭』、佳作に『闇ぬ夜ぬ鴉』、奨励賞に『おじぃの手帳』、『琉球ぬそーいらー(賢い者)研究会①-玉城朝薫の巻-』が選ばれた。

上江洲 朝男(うえず あさお)

1961年那覇市出身。琉球大学准教授。役者。
元演劇集団「創造」代表(1997~2019)。 受賞歴に沖縄タイムス教育賞、沖縄タイムス芸術選奨大賞(「創造」が受賞)など。 主な出演作に岸田戯曲賞受賞作「人類館」(調教師役)、オールウチナー口による「でいご村から」(喜助役)、「タンメーたちの春」(吉里吉助役)「椎の川」、ミュージカル「海から豚がやってきた」(山城獣医役)など。昨年度から、大城貞俊作「にんげんだから」の朗読劇にチャレンジ。「沖縄県中学校演劇祭」審査員。

 全体的な印象として、「しまくとぅば」による演劇戯曲という限定的な作品募集であったにもかかわらず、バラエティに富んだ作品が多く、多様な着想の工夫が見られた。現代劇や時代劇を盛り込んだ作品、地域の昔話、史実や偉人の逸話を盛り込んだ作品、ファンタジーや組踊の要素を取り入れた作品等、実に多彩であった。また、首里や那覇の言葉だけでなく、宮古島の言葉等、様々な地域の言語で描かれていたことも良かった。各地域の言葉の多様性を大切にするという「しまくとぅば」普及・継承という点においても、読み応えのある作品が揃った。
 一方で、戯曲の書き表し方が課題といえる作品もあった。戯曲はセリフが中心ではあるが、舞台化するにあたっては「ト書き」がかなり重要な役割を果たす。その書きぶりに差が見られた。物語は面白いが、舞台化がイメージしにくい作品もあった。可能な限り、場面転換や暗転、ナレーション処理を少なくする等のさらなる工夫が必要な作品もあった。そのためには、ストーリーだけでなく、明確な意図をもって登場人物の人物像や関係性が設定されているか、必然性はあるのかが大切な視点となる。また、演劇的な展開ということになると登場人物や出来事の対立的な構造も必要になってくる。どこを焦点化して、演劇として表現したいのかを明確にすることが肝要だと感じた。
 今年度の選考における一席、二席は、選考委員の意見の対立もなくすんなりと決まった。言い換えれば、上位の作品には、「演劇を通してしまくとぅばに関心を高めてもらえるような内容」が明確にあったということになろうか。どちらも学校や地域で舞台化してほしい作品であった。
 『クマやらわん 何―やらわん』(作:みやぎじゅん)は、那覇市に伝わる昔話を基にした作品で、非現実的な内容を、親子や友との情愛をテーマに盛り込むことで、思わず物語に引き込まれていく演劇的な展開の上手さが光った。舞台化がイメージしやすい作品でもあった。演劇に携わるものとしては、多様な演出方法がイメージできる作品であり、読んでいて、映像が浮かぶ作品であった。
 人頭税撤廃運動を軸に宮古の言葉で描かれた『慟哭』(作:宮國敏弘)。宮古言葉のセリフにカッコ書きで共通語訳が施され、場の設定、ト書きとも、整理されて丁寧に書かれており、構成もよかった。「慟哭」というタイトルは、テーマも重いので、再考が必要だと感じた。

波照間 永吉(はてるま えいきち)

石垣市出身。
琉球大学法文学部国語国文学科卒業。沖縄県立芸術大学付属研究所所長を経て、現在沖縄県立芸術大学名誉教授。
琉球文学・文化学を専門分野として、琉球弧の祭祀や文学に関する論文を多数著す。
鎌倉芳太郎資料集の編纂で知られ、著書に『琉球の歴史と文学―おもろさうしの世界―』などがある。

 昨年度までは「学校演劇」として、小・中・高校での演劇活動で取り上げられる作品に限定していた。今年度よりその対象範囲を一般にまで広げた。しまくとぅば演劇がプロ・アマ問わず、例えば、地域の青年会などでも上演されることを期待してのことである。応募される作者にとってはテーマ設定の枠が広がり、書きやすくなったのではなかろうか。本年度は7人・8作品の応募があった。受賞作品について簡単に評してみた。
 第一席にはみやぎじゅん氏の『クマやらわん何ーやらわん』が選ばれた。内容は昔話「熊女房」をモチーフにして、親子の情愛、友情をテーマとした作品である。「熊女房」は南中国あたりから沖縄に分布する昔話であるが、中国と琉球との往来を背景に、これを上手に使っている。最後の、母を訪ね、母と巡り会っての結末部分は思わず涙がにじんできた。その着想がよく効いている。しまくとぅばの表現もなめらかで無理がない。しまくとぅば戯曲としてすぐれた作品である。蛇足ではあるが、タイトルの「クマやらわん~」は説明的であると同時に無造作である。吟味してほしい。
 第二席には宮國敏弘氏の『慟哭』が選ばれた。その達者な宮古語による本作品は、宮古の近代史上特筆される「人頭税廃止運動」に材を得た作品である。人頭税の酷さを訴え、その中から人々が如何に立ち上がったかを、宮古の名もなき庶民を主人公に描き出した。王府権力の末端に位置する役人の横暴、その中で苦しむ民衆。人々の団結と裏切りなど、物語をすすめる要素を効果的に配置している。宮古の文化サークルや青年会などですぐにでも上演できる作品である。提出原稿は、台本として形がよく整えられており、これからの応募作品のお手本となる立派なものであった。
 佳作には1作品が選ばれた。仲村元惟氏の『闇ぬ夜ぬ鴉』は、沖縄戦がモチーフとなった作品である。学校演劇の枠がなくなったお陰で、このような作品も書くことができるようになったのだろう。動員された中学生とその許婚であった娘の、沖縄戦と戦後の生活を描いているが、戦で失明した主人公に対する娘の裏切りは終戦直後の世相を描いたものであるが、やや図式的になっているように思われる。また、少年兵たちと日本兵とのやりとりや、少年達の計画的な集団脱走などについてはリアリティーが問題に思われた。達者なしまくとぅばで書かれており、その点、安心して読めた。
 他に、真栄田環氏の『琉球ぬそーいらー(賢い者)研究会①-玉城朝薫ぬ巻-』は、一言で言えば「玉城朝薫物語」である。タイムスリップの手法で、中学生らが玉城朝薫の時代と現在の時間を往還するのであるが、この手法そのものに新鮮味が欠けることがある。組踊について伝えるという点では面白いが、作品そのものが、学校演劇作品としては長いだろう。しまくとぅばの表現(文法・語法)にも難点がある。作品の構成・内容とともにもっと磨き上げていって欲しい。タイトルも工夫が欲しい。南原あい氏の『おじぃの手帳』も学校演劇作品として書かれたものだろう。公園でのおじぃと高校生たちとの対話で進行する物語である。ただ、物語として平板で、テーマも拡散気味で見えにくい。おじぃーのしまくとぅば指南、おじぃーの中学生時代の話、そして志喜屋孝信の功績が綴られていくが、どれが物語の中心なのか。焦点をしっかり定めて取り組んでいただければ、もっと面白いものとなったのではなかろうか。
 選からは漏れたが、小渡錫幸氏の『豚ヌ神』は着想が面白い。そして登場人物たちもユニークで、小禄言葉と糸満言葉という特徴的なしまくとぅばでの芝居は、きっと笑いを呼ぶことだろう。ただ、残念なのは、作品が途中で中抜けの状態になっており、「あらすじ」の通りにはなっていない。「あらすじ」に書いたように、中間・後半をしっかりと書き込んで結末にもっていく必要がある。しまくとぅばの面白さを伝える作品であったはずで、もったいないことであった。改めてのチャレンジを期待したい。
 昨年、ナレーションにたよる部分が多いという指摘をしたが、その点は随分改善されていた。ただ、幾つかの作品で時代考証をおろそかにしているゆえか、リアリティーを欠く場面が散見されたのは残念である。やはり、リアリティーは重要な要素である。人間のドラマである以上、“本当であるか”は常に読者が思うことである。その点を意識して欲しいと思う。そして、しまくとぅばの表現の勉強をさらに深めていただき、すぐれたしまくとぅば演劇を実現して欲しいと思っている。

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